話題:SS
「どうやら君たちも気づいたようだね、今回の事件とドップラー効果の関連性について」
氷川の言葉に促されるように山本成海刑事が口を開く。
「はい。二枚の似顔絵…一枚目の近づいてくる犯人の顔はツートン青木さんの“青”で、二枚目の遠ざかる犯人の顔が赤井英和さんの“赤”…つまり、光のドップラー効果の原則がそのまま当て填まる…」
氷川が満足そうに頷く。
「そうだ。二枚の似顔絵の間に存在する差異、その原因は光のドップラー効果によるもの以外には考えられない」
「ドップラー効果で顔が変わった…」
何を言っているか自分でもよく判らなくなりかけている山本成海刑事だったが、ここまでの話を統合すると、どうしてもそういう結論になる。
「因みに、話をもう一度戻すと……地球から遥か彼方にある銀河系でこの赤方偏移が観測された事により宇宙は今も膨張し続けているのではないか、と考えられるようになったのだ。赤方偏移が確認されたという事は、その銀河が地球から遠ざかっている証拠になるからね」
「ええと…そちらの話には戻らなくても良かったんですけど…でも、大変興味深いお話だと思えます」
「うむ。結局のところ、宇宙も一個人の顔も、存在としての大きさや価値は大して変わらないように僕は思うのだ。そもそも、人間が何かを観察する時、そこには光の存在が必要不可欠であり…」
弁舌に勢いを増してきた氷川を女刑事が慌てて食い止める。
「ちょ、ちょっと待って下さい。そのお話はまた次回という事で、今は話を事件の方に戻しましょう」
「そうか…それは残念だ。あと…先程僕は“宇宙が膨張している”と言ったが、そのボウチョウとは“裁判のボウチョウ”などのボウチョウではないからね」
「……判ってます。法廷の傍聴席に宇宙が座っている光景なんか見た事ありませんし…というか、想像すら出来ませんから」
「そうか、なら良いのだが」
変な沈黙の後、女刑事が先を続ける。
「でも、ドップラー効果で顔が変わるとなると…犯人の特定は困難かも知れませんね」
少し気落ちした様子の女刑事に氷川が涼しい顔で言う。
「いや、それはもう判っている。恐らく、犯人は村崎教授だ。いや、元教授と言うべきか」
「え…何故です?」
「簡単な事だ。近づいてくる時の顔は青、遠ざかる時の顔は赤…青と赤…さて、青と赤の中間色と言えば?」
答えたのは影山助手だった。
「紫ですけど……あっ…紫…ムラサキ…村崎!」
「そう。画角の狭い防犯カメラが捉えた村崎教授は、ほぼ一定の距離状態にあると考えて良い。つまり、その顔には青方偏移も赤方偏移も起きていない事になる」
女刑事が影山に続く。
「そう言えば確か…村崎元教授は実験中の事故のせいで、その後ずっと顔に包帯を巻いていたんでしたよね?」
「ああ。…あくまでも推測に過ぎないが、教授はドップラー効果に関する実験をしていて、何らかの理由により顔がドップラー効果の影響を受けるようになってしまったのだろう。状況によってコロコロ変わる顔。誰かに見られでもしたら大騒ぎになってしまう。教授としては顔を隠して生活するしかなかった」
「なるほど、それで包帯を顔に巻いた訳ですね。いやあ、あの時はホント何事かと…」積年の疑問が解けた影山はスッキリした表情を見せた。
「教授は恐らく時間の経過と共に顔のドップラー効果が消える事を期待していたのだろう。しかし、期待に反して顔のドップラー効果は消えず、やむなく大学を退職する羽目に陥ってしまった」
氷川の話を聞き終えた山本成海刑事が小首を傾げて言う。
「ええ、その辺の経緯は理解出来るんですけど…事件との関係がどうも釈然としないんです。特に犯行の動機。仮に村崎元教授が犯人だとして、何故、彼はダイヤモンドを盗まなければならなかったのでしょうか?」
その疑問は当然のものと言えた。影山助手もその点に関してはやはり判らないらしく、完全にうつ向いてしまっている。そんな二人の様子を少しの間黙って見つめていた氷川だったが、やがて、おもむろに口を開き語り始めた。
「正直なところ、ここからの話に確証はまるで無いのだが……近年、光を閉じ込めると思われる構造が発見された事を君たちは知っているかな?」
無言で首を横に振る女刑事。だが、影山の方は思い当たる節があるようだった。
「ああ、何かそれ前に科学誌で読んだ事があるような…ええと、何て名前だったかな……確か…フォト…フォト…フォトジェニック……えっ?…日テレフォトジェニック?」
《続きは追記からどうぞ♪》
氷川が苦笑しながら影山を制止する。
「フォトジェニックでは無く、フォトニック構造だ。発見当初は極めて規則正しい構造のみが光を閉じ込める可能性があると思われていたが、その後の研究によって必ずしもそうでは無い事が判ってきた。そして、新たに発見された構造は、フォトニック・アモルファス・ダイヤモンド構造と呼ばれている」
「あ、ダイヤモンド!」
反射的に声を上げた山本成海刑事に氷川が小さく頷いてみせる。
「そう。但し、構造名にダイヤモンドという言葉が使われてはいるが、その構造物…因みに、ナノレベルで消波ブロックを組み合わせたような物だが…それを造るのに使われる主な物質はシリコンで、ダイヤモンドは直接関係ないのだ」
「ああ…それだと、ダイヤモンドを盗んでも意味がない事になりますよね」
一瞬膨らんだ期待がみるみる内に萎んでゆくのを感じながら、女刑事がふっと溜め息をつく。
「いや、そうでもない…と言うのは、そのフォトニック・アモルファス・ダイヤモンド構造の結晶構造は何を隠そう4配位なのだ。さて、ここで質問だ。自然界に存在する物質で4配位の結晶構造を持っている物はたくさんあるが、その中で最も有名な物と言えば?」
女刑事が“お手上げ”のポーズを見せる。そもそも、4配位という言葉自体、彼女には初耳だ。 しかし、影山は流石に学者の端くれらしく、氷川の言わんとする事を察したようだった。
「あ、そうか、ダイヤモンドだ」
一度は関連性が失われたダイヤモンドが、ここに来て再浮上を遂げる。
「そう、ダイヤモンド。村崎元教授はダイヤモンドを使い、従来のフォトニック・アモルファス・ダイヤモンド構造を超えた物を造り出そうと考えたのではないだろうか?異端の科学者であり同時に天才でもある彼なら、その可能性は十分あると思う」
理解の範囲を超えつつある内容に弱冠の戸惑いを隠し切れない山本成海刑事だったが、それでも何とか話に食らいついて行こうとする。
「専門的な事は正直よく解りませんけど…仮に氷川教授の仰有る通りだとして、村崎元教授はその構造を使って何をしようとしているのでしょうか?」
「光の制御だ」
「制御?」
「ああ。先程も言い掛けた事だが、人間の視覚というのは光の状態に大きく左右される。今回の事件の発端である顔の変化も、言うなれば、光を媒体として第三者が村崎元教授の顔を視認する事に因り初めて確認され得る事象と言える」
「まあ、確かに…顔が見えなければ、当然、顔が変化している事にも気づかない訳ですけど…。でも、光を制御する事で何がどう変わるのか、その辺りがどうもよく判らないと言うか…」
「恐らく教授は…顔、或いは顔の周辺にある空間の光を一旦閉じ込め、制御する事によって、第三者の目に映る顔の安定化を計ったのだろう。そういう点では、ある意味ステルス技術に近いかも知れない」
少し間をおいて氷川が話を続ける。
「しかしながら、これはあくまで僕個人の推測でしかない。実際、真相は村崎元教授本人しか知り得ないところだろう」
氷川の言葉に同意するように影山も頷く。
「兎にも角にも、二枚の似顔絵の間に存在する差異の謎に関して、それを説明し得る仮説を見つける事は出来た。しかし…残念ながら、僕らに出来るのは此所までだ。ここから先は…」
「はい、刑事である私の仕事です。あとは、村崎元教授に会って直に話を聴きたいと思います」
机の上に置いた捜査ノートと二枚の似顔絵を鞄の中にしまうと、山本成海刑事は背筋を伸ばして立ち上がり、二人に向かって深々と頭を下げた。
「御協力有り難うございました」
「いえいえ、どう致しまして」
影山助手が笑顔で頭を下げ返す。
「では、失礼します」
踵(きびす)を返して立ち去ろうとする女刑事の後ろ姿に氷川が声を掛ける。
「もしも村崎元教授に会う事が出来たなら、その時は是非とも宜しく伝えてくれたまえ」
「はい、判りました。必ずそのようにお伝えします」
ドアの前で振り返った山本成海刑事は二人に向かってもう一度頭を下げ、教授室を後にした。
山本成海刑事の靴音が遠ざかり、やがて聴こえなくなると、教授室に再びいつもの静寂が訪れた。
「先生…事件が解決したら、もしかしたら私たちの名前が新聞に載るかも知れませんね、捜査協力者として」
楽しそうに話す影山に、氷川は小さく首を振って答える。
「いや、その可能性はまずないだろうな」
「えっ、どうしてですか?」
影山が不満そうに声を上げる。
「よしんば僕の仮説が正しく、それを元に事件が解決されたとして……ドップラー効果で顔が変わるようになってしまった犯人が光を操って顔を安定させる為にダイヤモンドを盗んだ……果たして、そんな話を公表出来るものだろうか?」
「それは…」
「間違いなく世間は大騒ぎになるぞ。しかも、これは最先端科学の話、事は日本国内だけでは済まないだろう。恐らくこの事件は警察上層部と政府の一部の人間の手によって極秘裏に処理されるものと思われる」
「…確かに、この事件が世間に知れたら大変な事になりそうです」
うなだれる影山の肩を、氷川が励ますように軽く一つ叩く。
「目の前に謎があり、僕らは謎を解き明かすべく思考を凝らし、そして解を得た。それで十分だ」
窓の外。
まるで雨が上がるのを待っていたかのように、小さな向日葵が一つ、ようやく雲間から顔を覗かせた太陽に向かって、その花を開き始めていた。
それは、本格的な夏の訪れを知らせる小さなしるしであった…。
〜完〜。
★★★★
最後までお付き合い下さり、有り難う御座いました。
すぐ終わるだろうと踏んで、話題SS(ショートショート)で投稿してしまった事を軽くお詫び申し上げます←“軽く”という所がミソ♪( ̄▽ ̄;)
ちょっと、あまりに長引かせ過ぎたせいで、次に何を書いたら良いのかサッパリ判らなくなって来てますが…
まあ、何とかなるでしょう♪
いえいえ(/▽\)♪
くじらさんの作品はそのまま市場へ出せますけど、私の場合はまだまだ手直しが必要で…(/▽\)♪
アナザーエンディングは、ちょっと“取ってつけたような感じ”になりそうなので自重しました(//∇//)
場面固定で登場人物も三人なので、一幕物の寸劇にしても良いかなあ〜と♪(^q^)
そうなると、岩の台座とかの舞台装置も活きてきますし、背景にスクリーンを張って、氷川が思考の海に潜るシーンはイメージフィルムをスクリーンで上映する…みたいな♪|^▽^)ノ
それにしても今回の話は本になりますよ( ̄+ー ̄)
私が拙い写真で写真展を開いたように出版しましょう
実は…エンディングで ドンデン返し的にもう一捻りあったんだけどね〜(^_^ゞ……更に長引く上、強引すぎるからカットしてしまった(/▽\)♪
ドップラー顔…
バイクに乗って来た本郷タケシが途中で仮面ライダーに変身するような感じかなあ〜……って、それ、顔だけじゃなく全身変わってるし(笑)(゜o゜)\(-_-)
た…確かに(予告通りに)期待するほどのオチではなかったけど…
顔がドッブラーって、どんなふうになるのかが妙に気になる
(*^∀^)
ムラサキババァ…しゃなくて、紫の上…でもなくて
村崎教授のドップラーな顔を見てみたい
(*≧∀≦*)ノ
いやいやもう…
途中で「ドップラー効果では?」と見破られた時は本当どうしようかと(笑)o(T△T=T△T)o
「謎を解いた方には賞金百万円」とかの懸賞付きにしなくて良かったと、つくづく思いました(//∇//)
10話以降、ちょっと余計な展開も加わっていますが ユルリとお読み頂けると嬉しいです(*´∇`*)
写真展、盛況なようでなによりですo(*⌒O⌒)b
創作はもとより、プロデューサーとしての手腕も相当なもの… (☆o☆)
ステンレスとは 身に余る光栄です!(/▽\)♪
錆びないという優れた性質を備えながらも、家庭的で親しみやすい存在……
もっとステンレスに近づけるよう頑張って自分を磨こうと思いました♪(*´∇`*)
で…
話がだいぶ長くなってしまったので、場面 情景 の描写はかなり削ぎ落としてストーリーの進行を優先させたのですけど、せめて最後だけは 少し余韻のようなものを残して終わらせたいなあ〜と♪ それで、ああいう終わらせ方にしてみました(*´∇`*)
そうなのです♪(^o^)v
桃太郎のどんぶらこは、間違いなくドップラー効果の事を暗に教えている(/▽\)♪
実はそれも本編に組み込もうとしたのだけれども…
そうなると更に話が延びて15ぐらいまで行きそうなので止めたという(/▽\)♪
ちょっと13話はどうなっているんだろうど開いたらまさかのまさかのドップラー効果が出ていたので爆笑してしまいました
明日写真展に在廊するので10話から読みたいと思っています
こんばんは☆
事件解決の清々しさが、一輪の向日葵と青空に重なって、綺麗な余韻を残したお話になりましたね(*^^*)
ドップラー効果だったり、色彩や光のお話だったり、それらを結びつけての推理小説。
トキノさんて、ほんとすごいなー。
何年たっても錆びない、ステンレスみたいな感性!!
↑
もっと他の表現はないのか( ・∇・)
おもしろかったぁ♪
ありがとうございました
\(^-^)/
ああっ!ドップラー効果!