話題:SS

「判った。では、その事件とやらについて聴かせて貰おうか」

午後3時の教授室、シトシトと降りだした6月の雨を窓越しに眺めながら氷川が言った。

「はい。事件が起きたのは一昨日の金曜日、場所は神田神保町の裏通りにある《丸窓宝石》という老舗の宝飾店で…」

「ほほう…丸窓宝石か」

「あ、もしかして御存知なんですか?」

「いや、全然」

「……」

山本成海刑事が氷川に話した事件の概要はこうであった…。

一昨日の金曜日、神田神保町の《丸窓宝石》から店の目玉商品である【おてもやんの涙】が盗まれた。事件の発生時刻は正午少し前。昼食に出ようとした店主が入口の鍵を取りに一旦店の奥に下がった隙をついて賊が侵入、ガラスケースを壊して件の宝石を盗み逃走。ガラスの割れる音に気付いた店主が慌てて奥から飛び出して来るも犯人の姿は既に消えていた…。

「とまあ…事件のあらましは大体こんな感じです」

女刑事の話に氷川は小さく頷いた。

「なるほど、大方は理解出来た。しかし、話を聞いた限りでは…こういう言い方は不謹慎かも知れないが…至って普通の事件で、外部の人間に協力を依頼する必要があるとは思えないのだが…」

「…ええ、そうですね。確かに事件そのものは、ごくありきたりだと思います、私も」

「それともう一つ。本来なら神保町は神田署の管轄の筈。宝石が一つ盗まれたぐらいで、警視庁が所轄を抑えて動き出すのはどう考えても不自然だ」

「…はい、先生の仰有る通りです。でも、警察の管轄までご存知とは、ちょっとビックリしました」

氷川の眼鏡が再びキラリと光る。

「君、ここは《ごちゃまぜ学部》だよ。しかも僕は、その《ごちゃまぜ学部》の教授、つまりはボスだ。あ、ボスと言っても缶コーヒーでは無いよ」

「人間と缶コーヒーの見分けぐらい私にもつきます。と言うか…《ごちゃまぜ学部》って何なんですか?初めて聞いた名前ですけど…」

「それは…入口の扉の後ろで僕らの会話を盗み聴きしている2周目のQさんに説明して貰うとしよう」

「えっ?」

思いがけない言葉に女刑事が一瞬たじろぐ。しかし氷川は、そんな事など気にも留めない様子で教授室の入口の方に向き直り、先程よりも少し大きな声を投げ掛けた。

「影山君、そんな所に突っ立っていないで入って来たらどうだい?」

すると、氷川の言葉が終わるか終らないかの内に入口の扉がガラガラと音を立てて開き、氷川教授の助手である影山光太郎が姿を現した。

「あ、刑事さん、こんにちわ」

「どうも。先程は氷川教授を依頼して下さって有り難うございます」

氷川を紹介したのが影山である以上、当然、影山助手と山本成海刑事は面識がある。

「さて、感動の再会を果たしたところで、2周目のQ君、警視庁の女刑事さんに《ごちゃまぜ学部》について簡単に説明して上げてくれないか」

「判りました。簡潔に申しますと《ごちゃまぜ学部》と言うのは色んな学部の勉強を少しづつやろうというオールマイティーな学部なんです。まあ、良く言えばの話ですけど」

「オールマイティー…ですか?」

「オールマイティーと言っても、お茶の種類では無いよ」

氷川が余計な口を挟む。

「それぐらい判ります」

「なら宜しい」

「あの…説明を続けても宜しいでしょうか?」

影山助手が二人の顔色を伺いながら、おずおずの口を差し挟む。

「続けてくれたまえ」

本当は《ごちゃまぜ学部》などより事件の話の方を進めるべき状況だが、すべからく物事には成り行きというものがあるので仕方がない。

影山助手が説明を再開する。

「大学に入る時、もう既に学びたい分野が決まっている場合は良いんですけど、けっこう“アバウトに”学部を決めている人も多いと思うんですよね。《ごちゃまぜ学部》と言うのは、そういう“やりたい事が自分でもまだよく判らない人”の為に設置された学部なんです。文学、経済、理工系学問、医学…色んな分野の学問を少しずつかじって、卒業までに自分がやりたい事が見つかると良いな…みたいな」

「ああ…なんか判るような判らないような…」

「そう、そのグダグダ感です」

「何が?」

もはや、どの台詞を誰が喋っているのかすら判らないこの“ごちゃまぜ感”こそは《ごちゃまぜ学部》ならではの風景とも言える。

「では、学部についての説明が無事に終わったところで、事件の話の続きを聴かせて貰おうか…」

かくして、物語はいよいよ事件の核心へと迫って行くのだった…。


★★★★


本当はこの【3】で終わる予定でした(//∇//)。