話題:創作小説


サイトの背景にデザインとして無造作に貼り付けられている大小様々な指紋を眺めていると、それらの指紋が生き物のように動き回っているかのような錯覚に襲われてくる。その様子はまるで、私の指に指紋が無い事を知っていて「さあ、私たちを買いなさい」と促しているかのようだった。

更に、購入に傾いてゆく気持ちを後押しするかのように、サイトの宣伝文句は続いていた。


★帝都指紋販売社ならこんなに安心★

安心ポイント@【当社の指紋は他社のような化学合成品では無いので人体への悪影響は全くありません。しかも、貴方に最適な指紋を選んでお届けするワン・オン・ワンシステムは当社の専売特許です】

安心ポイントA【当社独自の特殊な製造、販売、流通システムにより他社よりも圧倒的に安い価格で指紋をお売り致します。是非とも他社の価格と比べてみて下さい】

安心ポイントB【商品のお届けは申し込み手続き完了から24時間以内と迅速、しかも誰にも気づかれないよう専属の宅配便でお届け致します。代金は商品との引き替えなので面倒な振込手続きも不要です】

安心ポイントC【お申し込みの手続きも超簡単。1000年以上の信頼と実績に裏打ちされた帝都指紋販売社の指紋をゲットして人生の新たなる第一歩を踏み出しましょう】

画面の最下部には親指より少し大きいぐらいの四角い白枠があり、「ここに指のひらを押し当てて下さい。貴方に最適な指紋を選んで金額と共に表示致します。気に入った場合は購入画面をクリック、申し込み手続き画面へと移行致します」と書かれていた。

少し迷った末、私は四角い枠の中に右手の親指を押し当てた。取り敢えず、先へ進んでみない事にはどうしようもない。買う買わないは金額を見てからでも遅くはないだろう。

「読み込み中」の表示と共に、スキャナーの作動音だろうか、鈍い機械音が上がる。そのままの状態で待つ事数十秒…「読み込みを完了しました。画面から指を離して下さい」という指示表示に従い、押しつけていた親指を離すと、程なく画面が暗転し、先程よりもかなり大きな四角い枠が画面の中央に映し出された。枠の中には指紋があり、【商品番号KR19750404】と書かれていた。恐らくは現在枠内に表示されている指紋こそが“私に最適な指紋”という事になるのだろう。

さて、気になるお値段の方だが左右の指十本で1万2800円(税込)となっている。この金額を見て、瞬間的に「安いっ!」と思ってしまった私だったが、よくよく考えてみれば指紋の相場価格など知る由もないので、この値段が果たして高いのか安いのか私には判断のしようがない事に間もなく気づいた。サイトは自信満々に【他社と比較してみて下さい!】と謳わっていたが、他に指紋を売っている会社を知らない以上、これまた比較のしようがない。

お薦めされた指紋の横に「エグゼクティブ指紋コースをご希望の方はこちらへ」という表示があるが、これは無視する事にした。どう考えても高そうだし、私の場合はファッションで選んでいる訳では無いからだ。

そろそろ決断しなければならない。現在表示されている指紋を買うのか買わないか。さあ、どうする…。可能な限り冷静に頭を働かせる。1万2800円の出費は確かに痛い。痛いが、背に腹は代えられないというのもまた突きつけられた現実だ。

私は指紋の購入を決断した。

説明にあったように購入手続きは極めて簡単なものだった。住所氏名年齢を入力し購入ボタンをクリックするだけ。間もなく「お申し込み受付完了致しました。商品到着時に代金をお支払い下さい」との表示が出たの確認して私は【帝都指紋販売社のサイト】を後にした。

指紋の到着は24時間以内という事だが、幸いにも明日は休日だ。私はパソコンをシャットダウンし、不安とも安心ともつかない不思議な気分のまま眠りについたのだった。

〜続きは追記からどうぞ。