話題:SS

《日曜日の夜の夢》。

どうやらそれが番組のタイトルであるらしい。番組といってもテレビではない。ラヂオ、そう、ラヂオの深夜放送だ。

私が初めてその放送を聴いたのは、今から3ヶ月くらい前の水曜日の夜。番組のオープニングに深夜12時の告げる時報が重なっていた。

あくまでも偶然の出会い。布団に入ったものの何だか寝つけなくて手近にあったラヂオのチューナーを適当に回していたところ、たまたま番組が始まったのだった。

水曜の深夜に《日曜日の夜の夢》というのも変な話だが、その理由はすぐに判明した。つまりはリスナーに《夢》をプレゼントする番組なのだ。但し《夢》といってもよくある“あなたの夢を叶えます”的な現実の夢ではなく、正真正銘の《夢》、私たちが眠りの中で見る《夢》だった。

それは何とも奇妙な深夜のラヂオ番組で放送時間は10分足らず、冒頭で誰のものか判らないインストゥルメンタルの短い曲が流れた後、パーソナリティの女性が淡々と詩のような物語のような不思議な語りを進めてゆく。

実は、その語りの中身こそがプレゼントされる《夢》で、番組の最後は決まってパーソナリティのこんな台詞で締められていた。

「ただいま語られた《夢》を番組をお聴きのリスナーの中から抽選で1名の方にお届けいたします。プレゼントの《夢》は日曜日の夜の眠りの中に届けられますので、皆様ふるってご応募くださいませ。なお、当選の発表は発送をもって代えさせて頂きます。それでは皆様、今夜も良い夢を…」

番組内でパーソナリティが語る《夢》は実にバラエティに富んでいた。例えば…

深夜の遊園地を独り占めにして、どんなアトラクションも自由に乗り放題で夜が明けるまで遊び続ける《夢》。

ヤンキースの4番としてワールドシリーズでサヨナラ逆転満塁ホームランを打ち、超満員のヤンキースタジアムが歓喜と祝福の嵐に包まれる《夢》。

ヨーロッパの小さな国の王女さまと共に、叶わぬ恋の逃避行を続ける微かに甘くて少しほろ苦い《夢》。

番組の中でパーソナリティが語る《夢》は、どれも日々の暮らしの中では得難い魅力で溢れていた。

こんな素敵な《夢》を見て目が覚めた朝はさぞかし気持ちが良いだろうな、と思った。

よし、応募してみよう。

ところが、どうすれば良いのかさっぱり判らない。パーソナリティは宛先を告げないし、そもそも、この番組を流している放送局がどこなのかが判らなかった。チューナーが合っている周波数には放送局が存在しないはずだった。

更に不思議な事がもう一つある。

それはこの《日曜日の夜の夢》の前後に他の番組がない事だ。流れるのはノイズだけ。水曜の深夜12時から10分だけ番組を流す放送局、果たしてそんなものがこの世に存在するのだろうか?

水曜の深夜12時、空域の周波数帯にぽっかりと浮かぶ謎の深夜放送。放送局が判らないので、応募の葉書を出す事も出来ない。

その夜。私は夢の中で郵便局にいた。もちろん《日曜日の夜の夢》の夢プレゼントの応募葉書を出す為に訪れたのだ。

なるほど。朝に目を覚ました私は何故か納得していた。葉書は夢の中で出す、方法はそれしかないに違いない。

こうして私は、毎週水曜の夜には必ず夢の中で郵便局を訪れるようになった。

不思議なもので、馴れてくると世界中の色々な郵便局に行けるようになってきた。霧に包まれたウィンチェスター郵便局や、摩天楼の下のマンハッタン郵便局、それはそれでちょっとした世界紀行のようでなかなか楽しい。

しかし、肝心の《日曜日の夜の夢》の夢プレゼントには落選し続けていた。番組の中でパーソナリティが語る素敵な物語が日曜の夜の私の眠りの中に訪れる事は一度もなかったのだ。

そんなふうにしながら2ヶ月が経とうした或る水曜の夜、それは起こった。深夜の12時を回っても番組は始まらず、ラヂオはザーザーとノイズだけを吐き出し続けていた。

水曜の夜に番組を聴くのがすっかり習慣となっていた私は焦った。

…番組が打ち切りになってしまったのだろうか?いや、単に電波の入りが悪いだけかも知れない。しかし、いくら考えたところで答えが出るはずもなかった。

そしてその翌週も、更にそのまた翌週も、深夜のラヂオから《日曜日の夜の夢》が流れる事はなかった。恐らく、番組はもう終了してしまったのだろう。

私はとてもがっかりしていた。何時の間にか、この不思議な深夜放送の番組が好きになっていたのだ。たかが10分とはいえ、聴き終えた後の夢で世界の郵便局を巡るのは楽しかった。そして、《夢》プレゼントの当選を期待に胸を膨らませながら待つ日曜日までの時間が好きだった。

しかし、全てはもう終わってしまった…。

ところが…

先週の水曜日の夜。
私はこんな夢を見た。

眠りの中で目を覚ました私は密閉された小さな部屋の中にいた。これが夢の中だという事は何故かすぐ理解できた。

どうやらそこは何処かのスタジオ内にある放送用ブースの中であるらしかった。私は簡素な椅子に腰かけていて、目の前のテーブルの上には小さなよく判らない機械とマイクがあった。そして、マイクの横には数ページの台本が置かれていた。

部屋の三面は無機質な白い壁で、残る一面はほぼ全面のガラス窓になっていたが、向こう側は暗くてよく見えない。誰かがいるようにも思えたし、誰もいないようにも感じられた。

この時には、私はもうほとんどこの出来事を理解していた。

そう。今夜から私が《日曜日の夜の夢》の新しいパーソナリティなのだ。前のパーソナリティが何処の誰で何があったのかは判らない。判らないが、きっと何らかの理由でパーソナリティを続けられなくなったのだろう。だから番組は数週間休止した、次のパーソナリティが決まるまで。

台本の表紙には《日曜日の夜の夢》と書かれている。もはや、疑うべくもない。

結局私は、《夢》のプレゼントには当選しなかった。けれども、その代わりに番組のパーソナリティに選ばれた。どちらが幸運なのかは判らないが、選ばれた以上は素敵な夜をリスナーの皆に届けよう。私はそう思っていた。

これから水曜日の夜は12時前に眠らなくては…。

やがて、卓上に置かれた銀色の小さな時計の針が深夜12時を告げると、私は誰に教わったでもなくマイクのカフスイッチを静かに押し上げたのだった…。

【ON AIR】

〜終わり〜。