話題:SS

第1景【山崎と佐藤】

山崎が部屋に戻ると、リビングでくつろぐ佐藤の姿があった。どうやら彼はテレビを見ているようだ。

山崎が「ただいま」と言う前に、ずっと部屋にいたはずの佐藤が何故か「ただいま」と先に言ってきたので、山崎は仕方なく「おかえり」と言いながらテーブルの上を見ると飲みかけのカルピスソーダの入ったグラスが置いてあるのが見えた。と同時にグラスの中にテレビのリモコンが沈んでいるのも見えた。

「リモコンの漬け物を作ってたりするわけですか?」と山崎が訊ねると佐藤は「いや、作ってたりするわけではないと思うね」と答えたので、すかさず山崎は「では何故に?」と再質問を試みた。

「いやね、チャンネルを変えようとしてうっかり手を滑らせてグラスの中にリモコンを落としてしまったのだが」

「拾うべきでは?」

「と思ったのだがね」

「思ったのならば尚更拾うべきでは?」

「拾おうとして手を伸ばしかけた時、番組の司会者が私に向かって言ったのだよ…“チャンネルはそのままで!”とね」




第2景【佐藤と田中】


昼下がりのスターバックスで田中と佐藤は珈琲を飲みながら“反対語”について生温かく語りあっていた。

「ところでさ、カフェオレの反対語って何なのか君知ってるかい?」田中が得意気な顔で佐藤に訊いてきた。どうやら田中はその答を知っているようだ。だが、佐藤にはそれが判らなかった。

「いや、判らんね」佐藤は正直に答えた。

「ならば、教えてやろうか?」

「ならば、教えて貰おうか」

田中は身を少し前に乗り出す格好で言った。

「カフェオレの反対語、それは、カフェオマエだろう。あ、この事はオレとオマエだけの秘密にしような」


第3景【田中と鈴木】

田中がずっと借りて観ようと思っていた映画のDVD を鈴木が先週借りて観たという。

「どうだった?面白かった?」田中は鈴木に映画の感想を求めた。

「うん、なんだかチャカチャカして落ち着きのない作品だなあと思った」少し眉をしかめながら鈴木が答える。

「アクション映画だからその辺は仕方ないんじゃないかな?別に作品の肩を持つわけじゃないけど」

「それにしても、俳優がみんな早口で喋るから台詞がよく聴き取れないし、場面も目まぐるしく変わり過ぎだし、幾らテンポ重視でもあれはちょっとなあ」

「そうか…駄作か」

「いや、まあ、良いところもあるんだけどね」

「え、どういうとこ?」

「長さが全編で30分少々だから、時間取られなくてすむ」

「…それ、間違いなく3倍速で観てるよね?」


第4景【鈴木と高木】

「ガニ股衛門とウチ股之助の二人が合体して正義の味方《美脚太郎》に変身する…という感じの漫画を書こうと思ってるんだけど、どうかな?」高木は長年温め続けているアイデアを鈴木に話してみた。

「ウン、なかなか良いんじゃないかな」

どうやら感触は好いみたいだ。

「ありがとう。よし、明日から頑張るぞ!」

「それはつまり…今日は頑張らないと、そういう事かい?」


第5景【石井と山下】

「非常に言い難い事なのだが…石井さん」

「…はい」

とある病院の診察室。山下医師が石井という患者に向かって重たい口を開いて語り始める。

「石井さん、アナタの中には5つの人格が暮らしているのです」

「それってつまり、5重人格という事ですか?」

「そう。山崎と佐藤と田中と鈴木と高木…その5人です。しかし、それ自体は過去に症例がない事もない。問題はまた別のところにあります」

「…どういう事でしょう?」

山下医師は机の表面でボールポイントペンの尻をカチカチいわせながら先を続けた。

「通常、多重人格というのは一つの体の中で人格が複数に分裂して互いに入れ替わるのですが、アナタの場合は人格が分裂するのに伴って体までもが分裂してしまう。これは世界的にも例をみない大変珍しい症例です」

「確かに…言われてみれば、山崎と佐藤がリビングのテレビの前で話してたり、佐藤と田中が一緒にスターバックスで珈琲を飲んだり…そんな場合を覚えてます」

「多細胞生物である人間が分裂する。これは凄い事ですよ。単細胞生物の良いところを取り入れた、そのように考えてみては如何でしょうか?」

「いや、しかし先生、私はやっぱり石井で居たいのです。だってそれが本来の私の姿だから…」

「そうでしょうか?」

「え?」

「本来の私の姿、果たしてそんなものが本当にあるのでしょうか?」

山下医師の言葉に石井が顔をしかめる。

「難しい事はよく判りまけんけど、私は出来ればもう分裂したくないのです。先生の力でなんとかして分裂を抑えて欲しいのです」

必死に懇願する石井に山下医師は力のない笑みで答えた。

「それは…難しいのです。と言うのは…」

「…と言うのは?」

「と言うのは、つまり、私もアナタから分裂した人間の一人だから
…」

旅にたつ

宇宙のほんのひと欠片

細胞壁を

突破して。


ー松尾ミトコンドリア芭蕉ー


《終わり》。