話題:恋愛


もしも明日の成人式に雪が降ったなら、その時こそ僕は、彼女にこの想いを告げるんだ…。

成人式の前の日の夜、翔也はそう心に決めました。

ところが、いざ迎えた成人式の朝は気持ち良いぐらいに晴れ渡る冬の青空で、翔也は少しがっかりしていました。

今年成人になる翔也は、名前こそ如何にも現代の若者という感じですが、名前以外の部分はとても古くさい男でした。

そんな彼が心中、密かに想いを寄せていたのが、彼曰く“学園のマドンナ”である同じ高校のクラスメイト、二ノ宮綾乃でした。

もしも翔也が小学生の頃からモヒカン頭で町を闊歩するような子供であれば、とっくのとうにコクっていた事でしょう。しかし、武者小路実篤的な彼にとって高校の三年間という時間は余りにも短すぎました。せめて高校が四百年あれば…。高校四百年生の夏休み頃にはどうにか告白出来ていたかも知れません。

彼のような人間が告白を断行する為には、何かしら背中を押すようなきっかけが必要でした。そして彼は成人式をそのきっかけにしようと思いました。でも、それだけではまだ押す力が弱い。もうワンプッシュ欲しい…そこで彼は更にもう一つ条件をつけくわえました。

そう、それが“成人式に雪が降る”というものです。

しかし、冬の冷たい空は彼の背中を押してはくれませんでした。彼は肩を落としながら、成人式の会場へと一人寂しく向かったのでした。

会場である地元の公会堂は、振り袖姿の女性や紋付き袴姿の男性など晴れやかな顔をした多くの新成人たちで大賑いしていました。

空は相変わらず晴れ渡っています。どうやら告白の願いは永遠に叶いそうにありません。翔也は思っていました…彼女の顔だけ見て帰ろう、と。

ところが

そんな彼が、前の方に固まっている新成人の集団の中に二ノ宮綾乃の姿を見つけた時、それは起こったのでした。

澄み渡る睦月の青空から、はらはらと雪のひとひらが舞い降りてきたのです。

手のひらで受け止めた雪はさらさらとしていて、どうやら粉雪のようでした。

そして、気がついた頃にはそれは積もりそうなくらいの降り方になっていたのです。

空が弱気な僕の背中を押してくれた…。彼は失いかけていた勇気を振り絞り、二ノ宮綾乃の元へと歩き始めました。

ところがところが

その時、急に空が暗くなったのです。それは太陽が雲に遮られたというレベルの物ではありません。一つの町全体が影に覆われてしまったかのような暗転です。

突然の出来事に驚いた会場の新成人たちが一斉に空を見上げます。もちろん、その中には翔也もいました。

彼らがそこに見たもの。

それは、冬の虚空に浮かぶ“巨大な顔”でした。そして巨大な顔には巨大なモジャモジャ頭がついていました。巨大なモジャモジャ頭の顔は空高くからギョロっとした目玉で成人式の会場を覗きこんでいます。

空にいきなり現れた巨大な頭に皆が呆気にとられていると、頭の両側から更に巨大な二本の手が現れました。そして、その二本の巨大な手は巨大なモジャモジャ頭をもしゃもしゃと掻き始め…モジャモジャ頭からは吹雪のような粉雪が…。

それを見た時、新成人たちは全てを理解しました。

これは粉雪ではなく、謎の宇宙巨人の頭から出たフケなのだと。

翔也はもうどうして良いのか判らなくなっていました。確かに空は彼の背中を押してくれました。しかし、明らかにこれは押し過ぎです。

ストーリー的にも決してあってはならない“謎の宇宙大巨人の出現”に、会場の新成人たちは、それぞれの友人や親たちに一斉にメールを送信していました。

[俺らの未来…オワタ。Ωrz]

ところがところがところが

そうは思っていなかった新成人が一人だけいたのです。

翔也のケータイに、フランク永井の“おまえに”のメロディが流れます。メール着信のお知らせです。

翔也がメールを開くと、そこには…

[これ以上に最高の告白タイミングは無いと思いますことよ♪]

送信元は二ノ宮綾乃となっていました。

綾乃は翔也の心などすっかりお見通しだったのです。何故なら彼女のもう一つの顔は、FBI 直属の高校生プロファイラーだったから…。そして、彼女は彼女で心に決めていた事があったのです。

もしも成人式の日に何かバカバカしい事が起こったら…その時は、私が翔也の背中を押してあげよう、と。

綾乃は空の巨人に向かって、ありがとうと心の中で呟いていた。

ありがとう…宇宙の…
金田一耕助さん。

そう、モジャモジャ頭に吹雪のようなフケといえば、これはもう金田一耕助以外には居ない事を彼女は既に看破していたのでした。


美しい粉雪のようなフケの降りしきる中、メールの意を悟った翔也が綾乃の元へと駆け寄ってゆく…。

そして、ついに翔也は綾乃に告げたのでした。

「“これ以上に最高の”という表現は日本語としてどうかと思うけど…好きです」と。

そんな二人を祝福するかのように、空では、スクランブル発進した航空自衛隊のヘリコプターが宇宙巨人の巨大なモジャモジャ頭に向かって、フケを抑えるシャンプーやリンスを次々に打ち込んでいました…。


【終わり】

新成人の皆様…

本日はおめでとうございました♪(←こんなに説得力のないオメデトウも珍しい)。