昔‥

そう‥あれは、もう随分と昔になるのですが‥

或る夜の事です。団子屋の前の四ツ辻で、何やら一人のお侍さまが行き倒れているのを、たまたま通りかかった私が見つけまして…

まさか、天下のお武家さまが倒れているのを放って置く訳にも参りませんので、そのまま、私の家まで連れ帰って‥麦飯と味噌汁という粗末な献立ながら、一応 お食事も用意して差し上げたところ…

何とか、お侍さまは息を吹き返されたようで…私としてもホッと安堵の息をつきながら、次にお風呂にも入って頂いたのですが…

お侍さまの浸かる湯から、何やらプゥ〜ンと良い香りが漂って来るではありませんか!

日本人の心を揺さぶるような芳しいかほり。

私は思わず、そのお侍さまに尋ねていました。

お、お侍さま!

お侍の正体はいったい‥!?

すると、湯船の中からこんな返答が帰って参ったのでした。

『拙者か?拙者はカツオ武士である!』

やはり!私は納得しながら、更に名前を尋ねました。

『名字か?それなら、本田と申す!』

次の朝、本田さまは大層なまでに感謝の意を示され、私の家を後にされたのでした。

そしてそれ以来、私はカツオには恵まれ続けた人生を送っているのです。


それは、もしかすると…あの本田と云うお侍さまが、あの夜に放った芳しいかほりの魔法のお蔭ではあるまいか、と私は思っているのです。

そして、あの夜の事件は私の一族の間で…

カツオ風味の本田氏 事件

そう呼ばれているのです…。




夜も更けて参りました…と云う事で今夜のお話はこの辺で。

それでは皆様、

ご機嫌よう‥。