話題:連載創作小説


一報を受けた草壁が娯楽室に入ると、数人の捜査員に寄り添われる形で片隅のソファにちょこんと座る少女の姿があった。 

目が合うと、何故か少女は草壁に向かってニコッと小さく微笑みかけてきた。

長年に渡る刑事としての勘からか、瞬間、草壁は少女が見せた微笑みの中に微かながら得体の知れない不気味さのような色を感じ取っていたが、その正体までは残念ながら判らない。

発見された少女が【Kコーポレーション】会長の孫だという情報は既に草壁の耳に入っている。問題は、草壁がその会長の屋敷に何度か足を運んだ事があるという事実だった。大っぴらな訪問ではないので、その事を知る者は自分と会長、他数名程度の筈だが、ひょっとすると、会長の家族である少女には何かの拍子で顔を見られている可能性もある。

しかし…。草壁はそんな不安を自らかき消すように心の中で呟いた。

見られたと言っても、まだ年端もいかない子供ではないか。もし仮に、会長との極めて内密な会話を悪戯心から盗み聴きされていたとしても、それは到底子供に理解できる内容とは思えない。顔を知られているとしても特に問題はないだろう。

その時、【Kコーポレーション】の本社ビル前にあらかじめ待機させていた救急車から“少女発見”の知らせを受けて駆けつけた救急隊員数名が、担架やら草壁にはまるで判らない何かの器具を抱えながら部屋に入ってくるのが見えた。

そして直ぐさま少女のバイタルチェックが行われたのだが、その結果は「血圧、脈拍、酸素飽和度ともに全て正常。目立った外傷も特になし」という極めて良好なものだった。若干、疲労の色が見て取れるが、これだけの事件に巻き込まれたのだ、それは致し方ないだろう。

取り敢えずの簡単な検査ではあるが、少女の健康が確認された娯楽室にホッと安堵の空気が流れる。とは言え、病院で精密検査をする必要はある。草壁が少女にその旨を告げると、幼い生存者は草壁の手を握って横に二度三度振りながら、

「病院行く前にトイレ行きたい」

少し駄々をこねるような、それでいて甘えるような声で言ったのだった。 

そこで草壁は、近くにいる女性捜査員に声をかけて少女を化粧室まで連れて行って貰おうとしたのだが、どうにも少女が自分の手を離そうとしないので、仕方なく手を繋いだまま女性用化粧室まで一緒に行く事にした。流石に自分が中に入る訳にはいかないが、犯人や容疑者ではないので逃亡の恐れはないし、何か異変を感じた時はすぐに応援を呼べば大丈夫だろう。草壁はそう判断した。ところがそれは、草壁にとっては最大の、文字通り致命的な判断ミスであった事が、それから僅か後に判明するのだが…今はそれには触れないでおこう。


《続きは追記に》。