話題:妄想を語ろう

待ちに待った日がついにやって来た。言う迄もなく[人事異動]の内示が下される日だ。

仕事とは無関係の些細なミスにより【草むしり部・イボイボ軍手課】に飛ばされ、はや三月、ついにチャンスがやって来た。そして今回、私には絶対的な自信があった。と言うのも、次の異動に向けた一手を早々に打っていたのである。チャンスの女神の前髪を何としても掴むのだ。

前回、痛恨の内示が下りた直後、人事部の実力者である長谷川課長(ぐいぐい課長A)と偶然にも話す機会があり、その時に彼の趣味がドライブ(愛車は車検の切れたコスモスポーツ)である事とドライブ中にちょっと古めのベタな歌謡曲やポップスを聴くのが好きだという事を知った。そこで私は、ドライブのお供として良さそうな曲を集めてオリジナル編集したカセットテープを作り(長谷川課長はラジカセを愛好している)、彼に進呈したのである。長谷川課長に気に入られれば出世は約束されたようなもの。次の異動先は間違いなく花形部所になるだろう。

まずはA面。幕開けを飾る1曲目にシャカタクの「ナイトバーズ」。2曲目も再びシャカタクで「インヴィテーション」。ドライブにジャストフィットするシティーポップはアップテンポなインストゥルメンタルナンバーだ(←ルー大柴が憑依か?)。3曲目で「ナイトバーズ」に戻り、4曲目は再び「インヴィテーション」。以下、その2曲の繰り返しが永遠に続く。兎に角、愚直な迄にシャカタクで押し込む突き押し相撲という訳。

そしてB面。(またシャカタクが来るのか!?)。怖れおののく中で流れ出すのは、意外にも氷川きよしの「ズンドコ節」だ。ドライブに合うとも思えない選曲だが、シャカタク地獄から解放された身には心地よく響くに違いない。それに次ぐ2曲目はドリフターズの「ズンドコ節」。更に嫌な予感は的中する。そう、小林旭の「ズンドコ節」が3曲目なのである。

(次は誰のズンドコ節!?)となった所で、聴こえて来るのは、驚くなかれ、古今亭志ん生(5代目)の「火焔太鼓」。落語である。もはや音楽でも何でもないが、最早そんな細かい事はどうでもいい。いかに相手の裏をかき、心を揺さぶる事が出来るか、そういう勝負なのである。

落語の次は、講談か?はたまた浪曲か?

否。流れ出すのはイルカの鳴き声と波の音。日光浴ならぬ[1/fの揺らぎ]をたっぷりと全身に浴びる音楽浴となっている。そして、そんなエコな流れを受け継ぐ形でB面を締め括るのは、100と8つのゴーン。カルロス・ゴーンではなく、除夜の鐘のゴーンである。煩悩退散。ゆく年くる年。少し早いですが、皆様、明けましておめでとうございます。

何度見直しても全くスキのない完璧なプログラムだ。余ほど大きなヘマさえしなければ、次の人事異動ではかなりの昇進が見込めるだろう。

……と期待に胸を膨らませて迎えた人事異動の内示通達日。発表は前回と同じく、各自のデスクのパソコンに通知が届く形式となっている。さあ、異動先は念願の【宇宙探査事業部】か、はたまた【新世代エネルギー開発部】か。緊張しながら通知を開く……

《辞令》――汝、【総合サポート部・縁の下支援方面・般若心経課】への異動を命ず――

いやいや、待て待て、そんな筈はない。が、何度目を凝らして見ても文言に変わりはない。【総合サポート】と言えば聞えは良いが、実質的には使い走りである。しかも【縁の下支援方面】とは俗にいう“縁の下の力持ち”的な役割――つまりは全く陽の目を見ない地味な部所だという事だ。事実、【縁の下支援方面室】は社屋F棟西側の縁側の下にある。そこで皆、雨宿りをする猫のようになって仕事をするのである。

大きくジャンプアップする予定が、多少上向きとは言え、これではほぼ横滑りではないか。B面ラストの[除夜の鐘]が恐らくは失敗の原因。お寺とか仏教が好きだと思われたのだろう。それで【般若心経課】への異動となった。ちなみに【般若心経課】の主な仕事は、般若心経を詠唱し続け、会社の業績アップと規模の拡大、社員及びその家族の健康増進、出張等旅行における道中の安全、社員食堂のメニュー充実などを祈りながらひたすら般若心経を読経する、というものになっている。ミスをした社員と共に写経をする事もある。会社というよりは密教の寺院である。まさか、そんな所へ飛ばされる事になろうとは……。


昼休み。喫茶室をも兼ねている談話室で同期の野々村(かぴかぴ平社員C)とばったり遭遇。【未確認生物探索部・屈斜路湖クッシー課】への異動が決まったとの事。大出世だ。同期にも関わらずかなりの差がついてしまった。が、まあ、既に決まってしまった事は仕方ない。取り合えず【草むしり部】から脱出出来ただけで今回は良しとすべきだろう、と前向きに捉え、次のチャンスを待つとしよう。


〜おしまひ〜。