話題:妄想を語ろう


『ピンク色のサインペンは売り切れ中』


茶川龍之介や夏目漱右など文豪らの御用達店としても知られる馬鹿(うましか)市の老舗文房具店[しょーん・ぺん]で三十年間まったく売れていなかったピンク色のサインペンとマジックが完売するという前代未聞の事件が発生した。

何故このような事態が起きたのか。地元住民への聞き込みなど丹念な取材を続けた結果、どうやら馬鹿(うましか)国際大学の男子陸上部が深く関わっているらしい事が判明した。

大学側の許可を得て訪れた男子陸上部の部室には三十人程の汗臭い若者たちの姿があった。背中で馬と鹿が肩を組み合い笑う悪趣味なデザインは国際馬鹿(うましか)大学陸上部伝統のジャージだ。単刀直入がモットーの私は挨拶もそこそこに核心の質問―ピンク色のサインペンを買い占めたのは君たちか?―をぶつけてみた。

一瞬の緊張が走る……かと思いきや、全くそんな事はなく、「ええ、そうですよ」、国際馬鹿(うましか)大学陸上部第72代キャプテン安部辺勉(あべべべん)君は事もなげにそう言い、ピンク色のサインペンを買い占めたのは自分たちであるとあっさり認めたのだった。更に「速く走れるナ〇キのシューズが欲しかったのですが、どうしても手に入らなくて……」と言葉を続けた。

履いた者が好記録を連発した事で話題となったナ〇キ製のシューズ。公平性の観点から五輪での使用を認めるか否かで物議を醸したのは記憶に新しい(結局、使用は認められた)。なるほど、陸上部としては確かに喉から手が出るほど欲しい存在に違いない。

次いで飛び出したキャプテンの発言には出発点と着地点の間に大きなねじれと言うか破綻があった。

「ナ〇キの靴。どうしても手に入らなくて、それで仕方なく自分たちで作ろうと、こうしてピンク色のサインペンをたくさん買ってきた訳です」

どういう事だろう?今の発言は、例えるならば「東京駅を出発した新幹線が関西国際空港に着陸しました」と言っているようなものだ。例のナ〇キのシューズが欲しくてどうしてピンク色のサインペンが必要になるのか。が、私の疑問をよそに馬鹿(うましか)大学男子陸上部の面々は一心不乱に各々のシューズをピンク色に塗りたくっている。そんな部員たちにキャプテンの檄が飛ぶ。

「いいかー!もっとピンクに!よりピンクに!とことんピンクに!靴がもっと綺麗でヴィヴィッドなピンク色になれば俺達もより速く走れるようになる!日本記録更新を目指す為にはまだまだピンキー加減が足りない!さあ、全身全霊で靴をピンク色に染め上げるんだ!」

いや、確かに例のナ〇キのシューズはピンク色をしているが、好記録の要因はそのソール(厚底)にあるのであって、ピンク色だから速く走れる訳ではない。

「靴が終わったら次はユニフォームをピンク色に染め上げるぞ!」

どうやら、彼らはとんでもない勘違いをしているようだ。ピンク色の物を身に付けて速く走れるようになるならば、林家ぺー師匠は間違いなく日本記録保持者になれるだろうし、モモレンジャーに到っては音速を超えるかも知れない。

大会で恥をかく前に彼らにその事を教えてあげなければいけない。そう思って口を開きかけた私であったが、次に放たれたキャプテンの一言がそれを押し止めた。

「いやあ、靴をピンク色に塗り始めてから、皆、自己ベストを大幅に更新しているんですよね」

恐るべし自己暗示!信じる者は救われる。しばらくは彼らの様子をこのまま見守った方が良いかも知れない。

「ユニフォームを満足できるピンクに染め上げる事が出来たら、次はメーキャップで顔をピンク色にしようと思っているんです。あ、今のはオフレコでお願いしますね、ライバル校に真似されたくないので」

それはやめておいた方が良いと思う。そして、真似される心配はまず無いだろう。

「さあ、張り切ってピンク色に染め上げるぞー!」

まるで染め物職人のようだ。逆に感心した私は思わずこう呟いていた。

「部室を全面ピンク色にしちゃうってのもありだよね、楳図かずおさんの家みたいにさ」

瞬間、部室のあちこちから「オオーーッ!」と歓声が上がった。

「ありがとうございます!そのピンキーなアイデア有り難く頂きます!」とキャプテンは目を輝かせた。

単なる冗談のつもりだったのだが、それはそれで面白そうだ。今後の国際馬鹿(うましか)大学男子陸上部から目が離せなさそうだ。


〜おしまひ〜。