話題:どうでもいい咄


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『訪問販売のおじさんの事』

〇〇月××日

【日曜日】

(快晴、だが、雹の予感)

今日は休日。出掛けたいところだが、天気が心配なので家でくつろぐ事にした。根拠は無いが何となく雹が降りそうな気がする。

そんなこんなで、朝から溜め録りしていた2サスを観ながらダラダラと過ごしていると、ポンピーン♪、玄関のチャイムが鳴った。この鳴り方は間違いなく訪問販売だ。私の家の玄関チャイムは来訪者の種別により鳴り方が変わるのだ。果たして、ドアを開けると其所には一体の案山子が立っていた。否。立っていたのは案山子の訪問販売のおじさんであった。

浅入りのコーヒー豆のように日焼けした小肥りの顔は人好きのする笑顔と胡散臭さが同居しており、白髪のチョビ髭がまた良いアクセントになっていた。キューバの街角が似合いそうな雰囲気だ。

それにしても案山子の訪問販売とは驚きだ。珍しさに一瞬テンションが上がる。が、田んぼも畑も持っていない以上、申し訳ないけれども案山子は要らない。私は即座に断った。ところが、むしろそういう方にこそ案山子を持って頂きたいのだ、と訪問販売のおじさんは力説する。

彼に拠れば、これからは、最低でも一家に一体、案山子を所持する時代が来るのだという。さらには「今日お持ちしたのは伝説的名匠・柿ノ種田吾作の作品たちで、この機会を逃すと入手は極めて困難なのです」と此方の気持ちをグラつかせるような事を言ってくる。「今の時期だけ特別にハリウッドスターをモデルにしたプレミアムモデルの案山子をご用意出来るのです」。

結局、おじさんの熱意に負けて一体を購入。ハリウッドスターリストの中から一人選ぶ。迷った末、私が選んだのは[プレミアム案山子ブラッド・ピットくん]。税込みでジャスト1万8000円なり。少し当たり前過ぎるチョイスだったかも知れない。やはり、JJソニー千葉(千葉真一さん)かショー・コスギにするべきだったか。

それはそうと、肖像権は大丈夫なのだろうか?。ふと心配になって訊ねると、案の上、「それが実は、ピットさんの電話番号を知らないので、肖像権は取っておらないのです」と言う。流石にそれはマズいのでは……と一旦は思った私だっが、実物の[プレミアム案山子ブラッド・ピットくん]を見て考えが変わった。その顔は昔ながらの“へのへのもへじ”だったのだ。いったいこれの何処がブラッド・ピットだと言うのか。「名匠・柿ノ種田吾作先生に拠る解釈ではデップさんの顔はこうなるらしいのです」。解釈って何だ?さっぱり解らない。むしろ、これで肖像権を取ろうとすれば逆に失礼になりそうな事は解る。取らなくて正解だ。

「それでですね……実は、プレミアム案山子をお買い上げ下さった方だけに特別に此方の品物をご用意させて頂いているのです」

そう言っておじさんが取り出したのは、昔、校庭の片隅で見た[百葉箱]であった。実物を目にするのは何十年ぶりだろう。とても懐かしい。懐かしいのは懐かしいが、要るか要らないかで言うなら確実に要らない。しかし――「絶対に必要ないと思う物ほど後になってから必要になってくるのです」――深いようなそうでもないような事を自信満々に言ってくる。おまけに――「これは幻のメーカー文鳥堂の逸品、しかもシリアルナンバー入りの限定モデルで極めて希少な品となっているのです」。シリアルナンバー。希少品。そう言われて一気に心が傾いてしまった。即時購入。税込みで1万8千円なり。プレミアム案山子と同じ値段だがどちらも相場を知らないので高いのか安いのかさっぱり分からない。

「本日はまことに有り難うございました。また目ぼしい物を入手した暁には立ち寄らせて頂くのです」

純朴そうな笑顔で一礼し、訪問販売のおじさんは去って行った。

さて、何となく買ってしまった案山子と百葉箱、冷静に考えると置き場にちょっと困る。まあ、いざとなれば社の会長室にでもぶち込んでおこう。会長は滅多に出社しないので、皆、物置代わりによく使っているのだ。

追記……結局、雹は降らなかった。


〜おしまひ〜。