話題:おやじギャグとか言ってみたら?



昼下がりの街を歩いていると、不意に突き刺さるような気配を背中に感じた。

(誰かに見られている!)

慌てて振り返ると、街角に佇む女の姿が其処にあった。夏の陽射しを反射して煌めくショーウインドウのガラス窓。もたれ掛かるようにして立つ女は、モデルのような体つきで、大きすぎるサングラスが顔からはみ出していた。そして両手に丼のような形をした物を持っていた。

知らない女だ。が、気配の元が彼女である事は間違いない。私はつかつかと女に歩みよると、何故私の事を凝視するのか、とやんわり問い正した。

私の問いかけに彼女は口許だけで微笑み、「それは貴方の誤解ですわ」と言った。そして手に持っている丼の中を私に見せた。

担々麺だった。それもかなり辛そうな色をしている。少し顔を近づけただけで花椒の強烈な香りが鼻をついてくる。どうやら本場の担々麺であるらしい。と同時に私は事を理解していた。

そう、彼女に言う通り、全ては私の誤解だったのだ。私は確かに背中に突き刺さるような“視線”を感じた。が、それは実は“視線”ではなく“四川”だったというわけだ。本場・四川の担々麺だったからこそ起った誤解と言えるだろう。私は女に非礼を詫びてその場を去ったのだった。

彼女が何故、担々麺を持って夏の街角に佇んでいたのかは判らない。人にはそれぞれ他人には判らぬ事情というものもあるだろう。もしかしたらそれは遠い昔に交わした花椒香る大切な約束なのかも知れない。その答えを知るのは、彼女の手の上、担々麺の海にプンカプンカと浮かんでいる挽き肉とチンゲン菜、ラー油の油だけなのだろう……。



〜《読んだら直ぐに忘れたい・暁のダジャレ大全集》より抜粋〜。