話題:妄想を語ろう


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『人事異動、再び』

○○月××日【月】(晴れ、ときどき、蝉しぐれ、たまーに、浪花恋しぐれ)


私の勤務する世界的企業《ギャラクシー・フロンティア&スシ・ニンジャcompany》では頻繁――年に数回以上――の人事異動が行われる事は以前お話しした通り。多種多様な経験を積ませる事で社員一人一人の視野を拡げて発想の引き出しを増やし対応力を高めるのと同時に、より広い人的交流を促す為である。

確か前回の日記では花形部所の一つである【おもてなし事業部・おいでやす第2課】から【アッチを見ろ事業部・ソッチを見ろ第3課】への異動、及び、役職が〈めそめそ平社員A〉から〈のびのび平社員B〉へと昇進した旨を書き記したと覚えている。

実はその後も数回の人事異動があったのだが、それらは何れも同一部内で課が移るだけの小規模なものに留まっていた。具体的には――ソッチを見ろ第3課→コッチも見ろ第1課→ソコは見ちゃダメ第4課→見ちゃダメとか言われると逆に見たくなるよね第2課(現在部署)。振り幅の広い異動を基本とする当社には珍しい控えめな人事だ。何故このような事態になったのか、社内では様々な噂が飛び交ったが真相を知るのは【本社統括人事部】のみである。その【本社統括人事部】というのがまた謎のヴェールに包まれた部所であるのだが……それについてはまた機会を改めて書き記そうと思う。

兎にも角にも久々の大きな人事異動。否が応にも社内の緊張感は高まる。当日の朝、社内の空気は目に見えて判るぐらいピリピリしていた。冬でもないのにドアノブに触れるとピリっとくる程だ。

さて、これまで異動の内示は社員食堂の壁に貼り出されるのが慣例であった。何故そんな場所で発表されるのか。勿論それには歴とした理由がある。花形部所や望み通りの異動を得た者は嬉しさのあまり高級なワインやシャンパンを開けたくなるだろう。逆に悔しい異動となった者はストレスでヤケ食いをしたくなる。発表の場が社員食堂であれば、その場で直ぐに祝杯をあげられるし、ヤケ酒も呑める。同時に社員食堂の売り上げも伸びる。まさに一石二鳥。ウィンウィン。それが理由だ。

ところが今回は少し勝手が違う。密を避ける為、各自デスクのパソコンに全社員の異動先一覧が届く方式が採られたのである。

午前10時、机のパソコンに人事部から新着メールが届く。内示だ。クリックリし、一覧表を開く。一応、異動先の希望は〈宇宙開発部・火星探査課〉と届け出てある。果たして願いは聞き入れられたのか。緊張の中、リストをスクロールして自分の名前を探す。あった。ほどなく自分の名前を見つけた私は異動先を示す矢印の先に目をやる。

→→汝【草むしり部・イボイボ軍手課】への異動を命ず。合わせて〈のびのび平社員B〉→〈よぼよぼ平社員A〉へ降格とす。

がびーーーん(昭和の擬音)。

【草むしり部】は主に中庭など敷地内の草むしりを行う部門だ。当然、人気はなく、此処への異動は事実上の左遷といえる。そう言えば先月、社長とエレベーターに乗り合わせた際、うっかり“すかしっ屁”をしてしまった事があった。7、8人乗っていたのでバレないだろとタカを括っていたが、どっこい、見抜かれていたようだ。今回の左遷はそれが響いたに違いない。しまった。ジョージ・ワシントンのように正直に申し出れば良かった。

が、悔やんでも仕方ない。ここは2秒で気持ちを切り替える。これは十分に挽回出来る失敗だ。それに【イボイボ軍手課】ならば、そう悪くはない。【素手課】や【片手のみ使い古し軍手課】に比べれば天国だ。我が社の中庭は東京ドーム20個分の面積を誇るので軍手の有る無しは生死に関わる大問題なのだ。まずは【イボイボ軍手課】で成果を上げ【鎌・ナタ課】への異動を目指すとしよう。

問題は〈よぼよぼ平社員A〉への降格だ。これにより今まで得ていた貴重な権利を幾つか失う事になる。大半は取るに足らないものだが、極めてキビしいものが二つある。まずは「仕事中のYシャツの袖まくり禁止」。これはキビしい!男も女も袖を捲ってからが本当の勝負だろう。大体、腕捲りせずに良い仕事をした人間など未だかつて見た事がない。良い仕事が出来ないという事は昇進が見込めないという事でもある。それは困る。

そして二つめ。「仕事帰りのバッティングセンターへの立ち寄り禁止」。これは相当痛い!仕事帰りのバッティングセンターこそ明日への活力の源である。日本のサラリーマンなら誰でもそうだ。逆に言えば、仕事帰りに気持ちよくバッティングセンターで汗をかきたいが為に人は昼間働くのである。「バッティングセンターに行くな」という事は「仕事をするな」という事と同じである。これは遠回しなリストラ勧告と捉えて然るべきだろう。

どうやら、これは早急に〈よぼよぼ平社員A〉から昇進する必要がありそうだ。と言うか、実は既に手は打ってある。それに関してはまた次回の日記で、花形部所への華麗なる返り咲き、及び、肩書きのランクアップと共にお届けしようと考えている。


〜おしまひ〜。