話題:不思議な事


さて、前回お約束したお話。それはまるで、過ぎ行く平成を惜しむかのように(と同時に“平静を失わせる”かのように)起こりました。それは時間にすれば僅か数秒の出来事なのですが……。

なお、あらかじめ言っておきますが、この話、我ながら未だ半信半疑で、単なる見間違い、或いは幻覚の可能性もなくはないので、まあ、起きたまま夢でも見たのだろう、と話半分で聞いて頂けると嬉しく思います。

事が起きたのは朝、床から抜け出した私は、洗面所にて手早く洗顔と歯磨きを済ませ、雪隠(せっちん=トイレ)へと向かいました。カチャ。ドアを開けます。そして、トイレ用スリッパを履こうと視線を下に向けました。と、その瞬間!

ササッ――

佐々淳行氏(ささあつゆき、元内閣危機管理室、あさま山荘事件等で有名)ではありません。小さな白い物体がササッと私の足元を駆け抜けていったのです。そしてソレは、あっという間に便器の台座の向こう側に姿を消したのでした。

んっ?

「駆け抜けていった」の表現でお察しの方もいると思いますが、それは明らかに人の姿をしていました(ように私には見えた)。時間にすれば一秒にも満たない一瞬の出来事。けれども、残像は私の目の奥にハッキリと焼き付いています。白い服を着た小さな人。身長は7、8pぐらいでしょうか。

あれっ?

もしかして、これ、俗に言う……

〈小さいオジサン〉?

見たのは一瞬で、しかも角度が斜め後ろに近い横向きなので、顔は判りません。なので、〈小さいオジサン〉ではなく〈小さい貴婦人〉とか〈小さい好青年〉でも良いのですが、何となくオジサンのような気がしてなりません。あの慌てて隠れる感じは如何にも小心者のオッサンに相応しい。あくまでも印象として。白い服というのは恐らく、プロ野球の春期キャンプを訪れた前巨人監督・高橋由伸ばりの上下純白のスーツだったような印象が残っていますが、或いは、ドリフの仲本工事さんがコントで着ていた昔の白い体操着だったかも知れません。如何せん、瞬間的な出来事なので、この辺も正直、自信はいま一つありません。そもそも服装以前に、そんな小さな人がいる事自体が……。

勿論、すぐに他の可能性も考えました。床に落ちていたトイレットペーパーがドアの開閉によって起こった風で動いたのかも知れない。すかさず、台座の向こう側を覗き込みます。しかし、そこには何も―綿ぼこりの一つすら―ありませんでした。小さな白い物体が動いた事、台座の向こう側に消えた事は間違いありません。しかし、其処には何もないのです。いったい、私が見たソレは何処に消えたのでしょうか。

残った現実的な解答の中で最も可能性が高いのはネズミでしょう。色も白で符号しますし、ネズミというのはびっくりするくらい狭い隙間に入り込んだりするものです。ただ、台座の向こう側にはその狭い隙間すら無いのですが。

繰り返しになりますが、私の脳裏に焼き付いている映像は、慌てて台座の陰に隠れる白い服を着た小さなオジサンの姿です。起床して間もないので寝惚けていた可能性は確かにあります。ただ、私は、寝付きは悪いけれども、目が覚めた瞬間に[ウィ・アー・ザ・ワールド]を唄い出せるぐらい寝覚めは良いのです。

この話は実話なので特にこれといったオチはありません(それがツラいところ)。

果たして、私が見たものの正体は何だったのでしょうか?


〜おしまひ〜。