話題:みじかいの

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3話オムニバスの2話目。明日の第3話のアップを待ってお読み下さいませ。

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―第2話「顔色のよくない男」―


夜の県道をふらつく足取りで歩く男がいた。県道とはいえ田舎道もいいところで、辛うじて舗装されてはいるものの外灯などは申し訳程度にしか設置されていない。道の背後(北側)には広大な森が広がっている。夜の森、それはまるで何処までも無限に続く漆黒の闇のようであった。

「ねぇ、あの人、大丈夫かしら。少し足がふらついているみたいだけど…」

通り掛かったカップルの女性の方が男を見て言った。

「ああ、本当だ。どうしたんだろ、具合でも悪いのかな」、男性が答える。

実はこのカップルこそ、何を隠そう第1話で登場した板前の先輩(男性)とその彼女である。

「声かけた方がいいんじゃない?」

「そうだな。場所が場所だけにちょっと心配だからな」

場所が場所。実はこの県道の奥に広がる森は何かと曰つきの場所であり、地元の民は決して森に入ろうとはしない。一説によるとこの森の奥には異界が口を広げており、足を踏み入れたが最後、二度と元の世界に戻って来られなくなるという。事実、この森は何故か衛星写真に映らず、その原因はあらゆる科学的調査を経てなお不明となっている。役所に訊いても役所広司に訊いても「その件に関しましては一切お答え出来ません」の一言で門前払いを食らわされてしまう。

問題の男がよろよろと森から出て来るのをカップルの女性は見ていた。曰つきの森、しかも漆黒の闇色に染まる夜の森から出て来るなど、どう考えても只事ではない。酔っ払って、うっかり森に入ってしまっただけかも知れないが、それはそれで一声かけて然るべきだろう。カップルの男女は少し足を速め、男に近づいた。近寄ってみると、男の顔色の悪さが見て取れた。極度に悪いと迄はいかないが、明らかに具合が良くない、そんな顔色だ。二人は互いに頷きあうと男に声をかけた。

「あの……具合悪そうですけど大丈夫ですか?」

「もしアレだったら救急車呼ぼうか?」

すると、男は立ち止まり、二人に顔を向けて意外なほど元気そうな声で言った。

「あ、いや、大丈夫っす。どちらかと言うとむしろ調子いいぐらいなんで。心配かけてスンマソン」

曰つきの森から青ざめた顔で出て来た割にはライトなノリである。二人は少なからず面喰らっていた。とは言え、間近で見ると明らかに顔が青ざめているのが判る。それに、やはり足元が幾分ふらついている。

「でも……やっぱり顔色少し悪いですよ」

「そうそう、青ざめてると言うか」

すると男は大袈裟とも思える身振りで手を横に何度も振ると、意外な返答をよこしたのである。

「いやいやいや、それ、逆っす。顔色が良すぎるからこういう羽目になったんす」

二人はその言葉が全く理解出来ずにいた。その様子を見て、男は一度天を見上げて息を大きく吐いた。そして、驚くべき事実をカミングアウトした。

「実は俺、ゾンビなんす」

「ゾンビ……子鹿の?」

「それ、バンビだろ。ゾンビは、何て言うか、リビングデッド?」

「そうですそうです、リビングデッドの方のゾンビなんす。森の奥にあるゾンビの村に住んでたんすけど、『お前、ゾンビにしちゃ顔色が良すぎるから、この村から出て行った方がいい』ってそう言われて、それでこうして出て来たんす」

まさかゾンビだったとは。確かに、人間としてなら顔色が悪いけれども、ゾンビとしてならかなり顔色がいいと言えるかも知れない。同じ一つの物(顔色)でも見る方向や角度によっては正反対の意味を持ってしまう。

「そっかあ、そういう事情があったんですね。何かスミマセン、お節介で声かけちゃって」

「とんでもないっす。超抜嬉かったっす。ゾンビ村の仲間が『お前はゾンビ化の程度が軽いから人間の中で暮らした方が幸せだよ』って言ってくれたんすけど、正直、人間に会うの久しぶりでかなりビビってたんすけど、最初に優しい人達に出会えて俺ラッキーっす」

ゾンビは照れ臭そうに頬を少し赤らめたが、さすがに半分はゾンビなので見た目では判らない。

「でも……人間の世界に来るのはいいとして生活どうするの?」

「そう、住む処だって探さなきゃならないだろうし」

ゾンビの男は顔色を曇らせた。が、ぐどいようだが半分ゾンビなので、これも見た目では判らない。

「そうなんすよね……。実は行く当てとか全く無くて、めちゃ困ってるんす。こんな俺でも落ち着いて暮らせる場所どこかに無いっすかね……」

人には居場所が必要。ゾンビだってそれは変わらない。

「あっ、ジュゴン先輩の所なんてどうかしら?」

カップルの女性が思い出したように言う。

「あ、それ、いいかも知れないな」

「ジュゴン先輩…さん、ですか?」

「うん。新宿二丁目という所にいる高校の時の先輩なんだけどね……」

「あ、新宿二丁目って聞いた事あるっす!朝になると髭が生えてくるお姉さんがたくさん居る所っすよね」

「あそこ、人の過去とか根掘り葉掘り聞いて来ないし、人間だとかゾンビだとかに関わらず受け入れてくれるかも、ってちょっと思ったの」

「それはグッドアイデアかも。今からジュゴン先輩に電話してみるわ」

通話は五分程で終わった。

「OKだって」

「本当すか!良かったあー!」

「ジュゴン先輩、住む処とか仕事とか色々面倒みてくれるって。新宿二丁目の【どすこい竜宮城】って店なんだけど、場所判る?」

「いや、ちょっと判んないっす。てか【どすこい竜宮城】ってスゴい名前っすね」

「何かね、共同経営者が元相撲取りらしいのよ」

「明日、車で連れて行ってあげるよ」

「いや、さすがにそこまでして貰うの気がひけるっす」

「いいからいいから。久しぶりにジュゴン先輩に会いたいし。ね、そうしようよ」

「うん、それで決定ー!」

「ありがとうございます。いやあ、本当にいい人達に出会えて良かった。ジュゴン先輩もめちゃいい人そうだし」

「ああ、凄くいい人だよ。本名は間宮忠敬っていうんだけど…」

「なんか間宮林蔵と伊能忠敬が一緒になったような感じっすね」

「そうなんだよ。で、元々は旅好き温泉好きの好青年で新宿二丁目とか全然似合わない爽やかな人だったんだけど……」

「……だけど?」

「ある日突然、そっちの世界の住人になっちゃったんだ」

「一夜にして、ですか?」

「うん。……その話聞きたい?」

「そりゃ、是非聞きたいっす!」

「判った。じゃあ、明日、車の中で話してあげるよ……」

かくして、ジュゴン先輩こと間宮忠敬青年が新宿二丁目の世界に入るきっかけとなった世にも下らない出来事が語られる運びとなった……。


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案の定、読みましたね(笑)ま、宜しいおます。明日は最終第3話のアップとなります。