話題:ショートショート



ロマンティックな恋人たちの台所。リストランテ【流れ星】は、閑静な郊外の一画にひっそりと居を構える隠れ家のような洋食屋さんです。

夜空と星をモチーフに、外観、内装、家具調度品に至るまで、兎に角すべてがロマンティック。天涯のプラネタリウムには季節の星座がきらきらと輝き、まるで宇宙のほとりに佇んでいるかのような気持ちになるのです。

果てしのない星の海、その中で頂く料理もこれまた絶品揃いで、味は頬っぺたが落ちる事受け合いです。美麗な食器にアートのような盛付け、舌ばかりでなく目からもロマンティックな奔流が流れ込んで参ります。

それだけではありません。洗練された身のこなしのソムリエとギャルソン、コンシェルジュの渋く落ち着いたバリトンヴォイス。ガイドブックには決して載らない隠れた三ツ星――いえ、満点星のレストラン、それがこの流れる星の洋食屋、リストランテ【流れ星】なのです。

さて、今宵も星を散りばめた店内に一組のカップルの姿が見えます。では、二人の座るテーブルの様子を読唇術など使いつつこっそり眺めてみると致しましょう……。


ギャルソン「こちらがメニューになります」

恋人男「うむ、ありがとう」

素足に革靴、明らかに石田純〇さんを意識したコーデの男性がメニューを開きます。すると……

恋人女「まあ、何て素敵なのでしょう」

ワンレングスの長い髪に太い眉毛、明らかに石原真里〇さんを意識したコーデの女性の瞳が輝きました。

恋人男「ああ……これは美しい」

いったい、この80年代風お洒落カップルの二人は何に驚き、且つ感動しているのでしょう。はい。ずばり、それは二人が手にしたメニュー表なのです。リストランテ【流れ星】のメニュー表は特別製で、本のように左右に開く薄型のタブレット端末となっています。美しい星空の背景に金文字のメニューが浮かび上がるそれはそれは美しいメニュー表で、眺めているだけで心にロマンの覚えのある人間ならば誰もがうっとりした気持ちになるのです。そして……

恋人女「あ、流れ星……」

そう。背景の夜空を時おり流れ星が駆け抜けてゆき、それが心の中の“ロマンティック領域”を存分に刺激してくるのです。さすがはロマンの極北、流れる星のレストラン、しっかりと心に“とどめ”を刺してきます。

さて、そうこうする内、どうやら二人の注文が決まったようです。

恋人女「私、シャラン鴨のコンフィ・ブルゴーニュ産ヴィンテージワインソースにするわ」

恋人男「では僕も同じ物にしよう」

シャラン鴨のコンフィと言えばお洒落料理の代表格です。

ギャルソン「………………………それで宜しいですか?」

ギャルソンのあまりに不自然な間合いがとても素敵に引っ掛かります。

恋人女「ええ、それでけっこうよ」

恋人男「うむ。では、それで」

注文を受けたギャルソンが去ると、料理がテーブルに届くまでしばしの間、星屑のステージとあいなります。


―星屑のステージ開演―

[出演]

星セント・ルイス…漫才

星新一…即興ショートショート作り

星飛雄馬…大リーグボール3号試し投げ(特別ゲスト・左門豊作)

星野仙一…乱闘のどさくさに紛れての巨人水野投手の頭をひっぱたたいた場面を特別再現(特別ゲスト・水野雄仁)

以上、いずれもソックリさんによる実演

―星屑のステージ終了―

さてさて、どうやら料理が出来上がったようです。ギャルソンが洗練された仕草で二人の前に料理のお皿を並べてます。けれども……

二人「????」

二人の顔にはてなマークが浮かび上がっています。これはいったい、どういう事なのでしょう?

恋人男「……これは?」

目が点になったニセ石田純〇氏にギャルソンがうやうやしく答えます。

ギャルソン「はい、こちらの料理は当店自慢の一品【季節外れの生牡蠣〜全治三日風】でございます」

恋人女「え、でも、私たちはシャランQの鴨長明のコンフィデンシャルを……」

注文したものと全く違う料理―しかもロマンティックというよりデンジャラスな香りの物―が出て来たのですから気が動転するのも仕方ありません。けれども実は、これは極めて順当な結果と言えるのです。店の側に落ち度は何ひとつありません。

彼らはとても重要な事を忘れているのです。それは、此処が【流れ星】という名のレストランである事です。

どういう事か?

皆さま、よくよく思い出して下さいませ。流れ星に願い事を託す時は必ず「星が消える迄に願いを“三回”唱えなければならない」のです。それは不文律であり絶対的な掟でもあります。

メニューの夜空に星が流れる僅か0・8秒の間に、二人は「シャラン鴨のコンフィ・ブルゴーニュ産ヴィンテージワインソース」と三回口に出して言う必要がありました。しかし、彼らはそうしなかった。ですから、願いは叶わず別の料理が出て来てしまったと言うのが今回の経緯。

ロマンティックへの道のりはかくも厳しいものなのです。けれども、そんな切なさもまた、ロマンティックがもつ深い味わいの一つなのでしょう。いまだかつて、この店でちゃんと注文出来た人はいないと言います。叶ってしまった夢はもはや夢とは呼べず。願いはただただ願いのままに。それがロマンティックの哀しき背中であるならば、もしかすると、あの夜空に輝く無数の星たちは、叶う事のなかった誰かの夢なのかも知れませんね。


〜Fin〜。