(仮題)冷静と情熱の間で迷える子羊、或いは、ブレ〇ディを飲んで「フゥ♪」と知世さん風に言いたくなる話。


話題:寒い


風が肌を刺すような冬の一日、冷えた体を温めようと喫茶店に入る事にした。喫茶【眉毛犬】。落ち着いた雰囲気の店で時どき利用している。当然ホット珈琲を頼むつもりだった。ところが、店内は予想以上に暖房が効いており、席に着いた段階で体はすっかり温まっていた。むしろ暑いぐらいだ。上着を脱いで横に置く。こうなるとアイス珈琲が飲みたくなってくる。しかし元々はホット珈琲を飲むつもりで店に入ったので、初志を貫きたい気持ちもある。

ホットかアイスか。さて、どうしたものか。私はすっかり迷っていた。やはりホットか。いや、アイスか。再び寒い外に出る事を考えればホット。現況ではアイス。初志貫徹でホット。臨機応変でアイス。ホット、アイス、ホット、アイス、ホット、愛す、愛してる、愛してない、愛してる、愛してない……。迷い過ぎて花占いになってきた。

そんな迷いのせいだろう。注文を取りにきたウェイトレスの女の子に私は思わずこう言ってしまった。

『ホイス珈琲ひとつ』

**プランA**

しまった。ホットと言いかけて途中でアイスに変えようとした為にホットとアイスが一緒くたになってしまった。これはちょっと恥ずかしい。顔から火が出そうになる。早く訂正しなければ……。

ところが、ウェイトレスの子は涼しい顔で『ホイス珈琲ひとつ、ですね。かしこまりました』と返し、何事もなかったかのように奥のカウンターへと歩き出したのだった。

私はあっけにとられていた。何が起こったのか。ウェイトレスの子の応対は自然なものだった。反射的にメニューを開く。と、有り得ない文字が目に飛び込んできた。

【眉毛犬特製ホイス珈琲――480円】

ホイス珈琲は実在した。

いや、そんな筈はない。この店には何度も来ているが【ホイス珈琲】など無かった筈だ。最近加わったメニューなのか。しかし、この古びた赤茶色の皮ばりのメニュー表は昔からのものだ。中の紙も良い感じで焼けていて年季を感じさせている。新メニューである可能性はまず無いだろう。

やがて運ばれて【ホイス珈琲】は、ホット珈琲が冷めきったような、アイス珈琲が室温で半端に温まったような、“絶妙に生温い珈琲”だった。

店内の様子をしばし観察する。皆、当たり前のように【ホイス珈琲】を注文している。それを見る限り【ホイス珈琲】は昔からずっと存在し続けている、そんな雰囲気だ。しかし、私の知る世界に【ホイス珈琲】は存在しない。少なくともこれまでは。と言う事は、つまり……。

世界の方が変わった。恐らくは、言い間違えた私に恥をかかせないよう、世界の方が折れてくれたに違いない。【ホイス珈琲】が普通に存在する世界に自らを書き変える事で私の間違いを間違いで無くした訳だ。

こんな風に世界は時おりその優しさをさり気ない形で人に見せてくれる。

そこで、ふと、ある事に気がついた。言い間違いが言い間違いで無くなるのであれば……。

喫茶【眉毛犬】を出た私は商店街の中程にある八百屋へと向かった。ここのオヤジさんは、現在日本で64人(ベジタブル統計白書調べ)しかいない絶命危惧種の八百屋さんなのだ。どういう事かと言うと、客にお釣りを渡す時、それが百円であれば、『はいっ、百万円!』と一万倍にしてくれる、そういう日本古来の在来種だ。もしも、それが間違いでなくなれば、お釣りで数百万円が手に入る筈……。

しかし……。

八百屋を後にした私の手に握られていたのは一本の立派な桜島大根と二枚の百円玉だった。

こんな風に世界は時おり、そう甘くはない事を人に教えてくれる。


〜おしまひ〜。

[追記に*プランB*]


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7本の間違い電話。


話題:SS


ことごとく赤信号に引っ掛かる“赤信号の当たり日”なるものが存在するが、それに準(なぞら)えるならば、その日は“間違い電話の当たり日”であった。なんと午前中だけで7度も間違い電話が掛かって来たのだ。

その日は日曜で私は録画しておいた映画をリビングで一人観ていた。ちなみに間違い電話が掛かって来たのは携帯ではなく全て“家電”の方だ。以下、簡潔にその内容を順を追う形で記そうと思う。

‐1本目‐

電話の着信を報せるメロディが鳴り響いた。

ガチャリ。

私「はい、もしもし」

相手「もしもし、佐藤さんのお宅ですか?」

私「……いえ、違いますけど」

相手「あ、すみません。間違えました」

ガチャリ。

極めてオーソドックス、絵に描いたような間違い電話だ。私は気にも留めなかった。が、その直後……

‐2本目‐

電話の着信を報せるメロディが鳴り響いた。

ガチャリ。

私「はい、もしもし」

相手「わたくし、中尊寺綾女と申しますが、武者小路先生は御在宅でいらっしゃいますでしょうか?」

私「…あの…うちは武者小路ではありませんが……」

相手「ああ…これは大変失礼致しました。何卒、ご容赦下さいまし。それでは、ご機嫌よう。ごめん下さいまし」

ガチャリ。

何だろう。単なる間違いと言えば確かにそうなのだが、先程の庶民的な間違い電話に比べ、いささか品格が上がっているような気がする。さしずめ高級な間違い電話と言ったところか。もっとも、間違い電話に高級も低級もないだろうが。それにしても、立て続けに間違い電話というのはちょっと珍しい。

‐3本目‐

電話の着信を報せるメロディが鳴り響いた。

ガチャリ。

私「はい、もしもし」

相手「ハロー、Mr.マイケル、ハウアーユー?」

私「え……あの、失礼ですがどちらさまで?」

相手「マイケル・マイケル、ハウスOK?」

私「いえ、違いますけど」

相手「ウップス!オー、テレフォンミス!ソーリー、ソーリー、ヒゲソーリー、アベソーリー!」

私「あの…日本人の方ですよね?」

相手「アウチ!バレました?」

私「ええ、だって英語めちゃくちゃですもの」

相手「……と言う事で、間違えました。失礼しまーす」

ガチャリ。

3連続間違い。しかも外国人。と言うか、マイケル・マイケルなんて名前の人、本当にいるのだろうか。ああ、でも、マイケル・ジャクソンがいてジョージ・マイケルがいるのだから、マイケル・マイケルがいてもおかしくはない訳か。同様に、リッチー・ブラックモアがいてライオネル・リッチーがいるのだから、リッチー・リッチーが存在する可能性もある事になる。でも、もし私の名字が三木だとしたら、娘の名前にはミキ以外を選ぶと思うけど。

‐4本目‐

電話の着信を報せるメロディが鳴り響いた。

ガチャリ。

私「はい、もしもし」

相手「深紅の薔薇を百本、それで花束を作って贈り届けて貰っていいかな?」

私「えっ、何ですか?」

相手「それとメッセージカード。カードには、そうだな、“君は薔薇より美しい”と書いて貰っていいかな?」

私「布施明さん?…と言うか、どちらへお掛けですか?」

相手「うん?花キューピッド…だよね?電話口からフローラルな香りがする」

私「全然違います」

相手「フッ…またまた御冗談を」

私「いえ、本当に違います」

相手「ハハァン…どうやら僕は間違えてしまったようだね。こんなファニーな僕の事を笑って許して貰っていいかな?」

私「…どうぞ、お大事に」

ガチャリ。

4本目にして、ついに個人宅を超えてきた。何だか、回を追うごとに間違え方が酷くなってきている気がする。上手く説明出来ないが、とても嫌な予感がする。


【続きは追記からどうぞ】


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