話題:詩


つまらぬ用事をすませた深夜。人影もまばらな駅のホームに宙ぶらりんな時間が流れている。もはや今日とは言い難く、明日と言うには遠すぎる。今日にも明日にも属さない迷子のような頼りない時間。くたびれたベンチの背中には文字のかすれた時刻表。白線の外側には夜という名の地球の影がぽっかりと大きな口を開けている。この場所は、誰かがそして誰もが、最終列車を待つ為だけに存在する、隙間のような小さな世界。頼りない蛍光灯の明かりがホームの上に人造の私の影を作っている。

人の影は小さな夜なのだ。その昔、誰かがそんな事を言っていた。夜空を見上げるように自分の影を見下ろせば、其処には星が煌めいているのだと。その人の名前はとうの昔に忘れてしまった。否(いや)、それは此れから訪れるいつかの未来で誰かが私に語り聞かせる言葉なのかも知れない。宙ぶらりんな時間には、宙ぶらりんな思考がよく似合う。日なたの想いを胸にしまい、足下に延びる己の影を見つめれば、微かな胸の痛みと共に流れ星がひとつ、影の夜空を駆け抜けてゆく。

ふいに空気の流れが変わる。鈍色に輝くレールの伝える静かで冷たな震動に、夜が小さく震えている。それは最終列車の間もない到着をそっと告げる、本日最後の夜の仕事、言葉のないアナウンスにほかならなかった。


【終わり】