話題:SS


「東京―大阪間と東京―博多間、どちらが移動距離が長いと思う?」

唐突に妙な問いかけをしてきたのは人事部長だ。それは…やっぱり、東京―博多間の方が長いんじゃないですかね。私は至極真っ当な答えを述べた。そんなのは判りきった事だろう。子供だって知っている。ところが、部長はここでニヤリと不敵な笑みを浮かべて言った。

「…と思うだろ、君」

…えっ、違うんですか?

「これがな、実は同じ距離なのだよ」

そんなアホな。東京から移動するなら、どう考えても大阪の方が博多よりは近いはず。地図を見れば一目瞭然だ。新幹線だって大阪を経由して博多に着く。東京―大阪間と東京―博多間が同じ距離である訳がない。私は営業成績10連続最下位の誇りにかけて、そう反論した。

「君の反論はもっともだが、それは直線的思考の産物だ。物事はもっと多角的に捉えるべきではないか、と私は考える」

多角的ですか?

「そう。この場合だと三角形で考えればいい。出発点と到達点の間にもう一ヶ所、中継点を設置するんだ。すると…」

東京―大阪間と東京―博多間が同一距離になる?

「その通り。ちょっと寄り道するだけで同じ距離になるのだよ」

私は遅刻早退回数レコードホルダーの意地にかけて考えた。中継点を何処に設置するか…名古屋、八戸、ロンドン…しかし、何処に寄り道しても博多への距離の方が長くなってしまう。私は白旗を上げた。

「中継点は…そうだな、例えば【月面基地】だ」

月面基地?

「うん。まず東京からロケットで【月面基地】へと飛び立つ。着いたら一休みして改めて月面から大阪か博多へとロケットで向かう…。月から大阪までの距離と月から博多までの距離、どちらが長いと思うかね?」

それは……同じだ。どちらも約38万キロ。

「だろ?つまりだ、ロケットで飛び立つタイミングさえ間違えなければ、ちょっと月に寄り道しただけで東京―大阪間と東京―博多間の距離は全く同じになるのだよ。平面ではなく立体で考えるんだ」

なるほど…。東京からロケットが出ているのかどうかはさて置いて、この行程ならば確かに距離は同じになる。

「これは何も東京―大阪と東京―博多に限った話じゃないぞ。この考え方で行くと地球上の全て場所は全て場所とほぼ等距離で結ばれる事になる」

ああ…何かいいですね、その考え方。夢がある。

「そう、結局のところ世界には近いも遠いもないんだね。どうだね、この考え方、気に入ってくれたかね?」

はい。とても気に入りました。

「うむ、それ良かった。気に入って貰えたなら、私もこれを渡しやすくなる…」

そう言いながら人事部長が差し出した紙切れには《異動辞令》の文字があった。

「そんな訳で、君には来月からボルネオ島の奥地にある出張所で“所長補佐代理臨時見習い”の役付きで異動して貰う事になった。どうか、頑張ってくれたまえ…」

ボルネオ島…さすがに遠すぎる。いや…世界には近いも遠いも無かったんだっけ…。

東京から一度【月面基地】を経由して大阪や博多へと向かう。

数学的な距離の話を中継点として寄り道した後に人事異動の通告へと向かう。

似通った構造をしている…私は妙なところに感心していた。さすがは部長。全て計算づくか。お蔭でボルネオとの心の距離がぐっと縮まった気がする。さてと…それでは、デスクの整理と荷造りでも始めますか。


〜終わり〜。