話題:文字や言葉


不意に口の中に違和感を覚えて目が覚めた。頬の内側の軟らかな粘膜に極めて小さな粒状の存在を感じる。口の筋肉を上手く動かして粒状の物体を舌の上に導く。のち、指先でつまみ上げる。寝台灯の薄明かりに照らしてみると、どうやら、それは黒ゴマのようであった。夕食の赤飯か。歯はしっかり磨いたつもりだだが、磨き残しがあったのだろう。

ベッドサイドの置き時計の夜光針は午前3時を指している。まったく中途半端な時間だ。眠い。取り合えず目は開いているものの意識は半分以上寝ている。

この黒ゴマをどうしようか?本来なら、ベッドから出てゴミ箱に捨てに行くところだ。が、如何せん眠い。おまけに寒い。面倒くさくなった私は、黒ゴマを指先でピーンッと上に弾き挙げ、全てをウヤムヤにする事にした。明日、掃除機をかければいい。うん、そうしよう。

黒ゴマを人差し指の爪でピーンッと勢いよく弾き上げる。アディオス、黒ゴマ。そして、おやすみ。

かようにして二度寝に入った私であったが…クンクン…クンクン…何やら香ばしい匂いがして、再び目が覚めてしまった。いい匂いだ。カラッと揚った油の匂い。それから、和風の出汁(ダシ)に醤油の香りもする。どうやら、その匂いは上の方から漂ってくる感じだ。これは知っている匂いだ…何だったっけ…。匂いの正体を思い出そうと努める私。しかし、やはり眠気には勝てなかったようで、そのまま寝てしまったのだった。

朝、目が覚めるのと同時に、私は解答を得た。そう、あれは間違いなく甘辛いタレの掛かった天ぷらの匂いだ。しかし…疑問は残る…何故、深夜に突然天ぷらの匂いが漂ってきたのか、だ。

その疑問に対し、朝の爽やかな頭は一つの冴えた答えを導き出した。それは、つまり、こういう事……

私は口の中に残っていた食べカスの黒ゴマを指先で勢いよく上方に弾き上げた。恐らく、弾き上げられた黒ゴマ[、]は、天井にぶつかり、そのままくっついてしまったに違いない。結果どういう事が起きるかと言うと…[天井]に黒ゴマの[、]がくっついて…[天丼]になるのだ。あの匂いの正体は天丼。私が黒ゴマを弾き上げたせいで、天井は一時的に天丼へと変化したに違いない。やがて、張り付いていた黒ゴマが落ちて天丼は再び天井へと戻った…と。

天ぷら。テンプ〜ラ。たかだか[、]一つで生じる大きな変化。うむ、この解答ならばポルトガル人もきっと納得してくれるだろう…。


【おしまい】。