半熟の涙は贖罪の食材なり。


話題:妄想を語ろう



朝いつものように起床して、いつものように歯を磨こうと洗面所の鏡の前に立って驚いた。目が目玉焼きになっていたのだ。白目の部分が卵白に黒目が卵黄に変わっていた。この感じだと半熟か。何故こんな事に?と、そこで思い出した。夕べ、仲間内の飲み会で目玉焼きの話になった時、「得意料理は目玉焼きかな」と言った友人に対して私は「目玉焼きなんか料理の内に入らないよ」と鼻で笑ったのだった。もしかしたら、それが目玉焼きの気に障ったのかも知れない。いや、それしか考えられない。困った…。

それでも、まあ、白目はちゃんと白いし今はカラーコンタクトレンズも市民権を得て一般化している、黒目が黄色くても誰も不思議に思わないだろう。そう思って普通に会社に出掛けた。が、その考えは甘かった。オフィスで席に着くなり対面に座る同期入社の鈴白文恵が「三枝君、ちょっとそれ、目が目玉焼きになってない?」と言って来たのだ。まさか、こんなにも早くバレるとは。仕方なく私は事の顛末を彼女に語って聞かせた。

すると彼女は自慢のロングヘアの横髪の部分を軽く手で持ち上げて見せた。驚いた。彼女の耳―いや、本来耳であるべき場所―が椎茸になっていたのだ。「それ、椎茸かい?」。「うん。多分、どんこ椎茸だけだと思う」。聞けば彼女も昨日、椎茸に対してネガティブな発言をしたという。「椎茸って何か地味よね」。そして、朝起きたら耳が椎茸になっていた、と。

そこへ「いや、君達はまだマシな方だぞ」と語りかけて来たのは部長だった。見れば、口がドーナツになっている。これには笑った。笑いすぎて涙が出て来た。涙はもちろん黄色くて、とろっとろしていた。「あら、美味しそうな涙ね」鈴白文恵は呑気に言った。

やっぱり、好き嫌いせずに何でも美味しく食べないとね。そういう事で話は落ち着いた。

その夜、私は目玉焼きを作る事にした。少しでも目玉焼きを好きになるように。謝罪の意味を含めた努力だ。フライパンを熱して薄く油をひく。そして冷蔵庫から生卵を取り出し、「悪く言ってゴメンな」と謝りながら割った。すると、割れた殻から私の目が落ちて来た。オリジナルの目玉だ。目玉焼きは私の謝罪を受け入れ、許してくれたに違いない。助かった。ありがとう目玉焼き。だが、少しだけ遅かった。私の目玉はフライパンの中でチリチリチリと焦げ始めていた…。

【終わり】

文部科学省から「好き嫌いせず食べる事が大事」といった内容の小学生向けの短編を書いて欲しいという依頼を受けて、そんな話を書いてみた。

書き上がった物を文科省の担当者に見せると、彼は渋い表情で言った。「これ、PTAに怒られますって」。どうやらボツのようだ。私は彼の顔を見ながら言った。「あの…もしかして、馬肉お嫌いですか?」。その問いに彼は少し考えてから答えた。「いえ…馬面は生まれつきです」。


【終わり】。

後輩からの相談。


話題:みじかいの



大学時代の後輩から久しぶりに電話を貰った。何でも相談があると言う。私達は大学近くの喫茶店で待ち合わせる事にした。

当日。喫茶《ナマハゲ》。

私「で、相談って何よ?」

後輩「実はスね…俺、会社辞めようと思ってるんスよ」

私「転職か。そう言えば、何の会社だっけ?」

後輩「えー、ルービックキューブをガチャガチャ回して、その回り具合、滑らかさとか指がどれぐらい痛くなるかを確認する会社っス」

私「ずいぶんマニアックな仕事だね」

後輩「そうなんス。確かに、やり甲斐のある仕事ではあるんスけど…」

私「あるんだ…やり甲斐」

後輩「そりゃもうバッチグーッス。でも、さすがに五年もやってると飽きて来ちゃって…で、これを機に思い切って自分で事業を立ち上げようかなとか思ってるんスよ」

私「へぇー、そりゃ決断だな」

後輩「で、問題はスね…その時に部下を五人ほど連れて行こうと考えてるんスよ」

私「先ずは人材確保って事か」

後輩「そうっス。でも…それって、大丈夫なのかなあーと、それが心配でわざわざ先輩にこうして足を運んで貰ったという寸法っス」

私「心配って何が?」

後輩「部下を連れて独立って、つまりヘディングって事ッスよね?」

私「ヘッドハンティングな。何でも縮めりゃ良いってもんじゃないよ」

後輩「まあ、とにかく…いわゆる引き抜き行為に当たるわけじゃないスか」

私「ま、形としちゃそうなるわな」

後輩「で、ここからが本題なんスけど…それって、どうなんスかね?」

私「どう、って…具体的に何処がどう気になるの?」

後輩「何て言うか…社会的?法律的?人道的?道徳的?にどうなのかなあ、って。出来れば周囲に波風立てず穏便に事を運びたいんスよ。先輩、確か法学部でしたよね」

私「そうだよ」

後輩「こういう場合って、元の会社から訴えられたりしないスかね?」

私「なるほど、そういう話か。そうだなあ…基本的には問題無いと思うけど…ところで、今の会社って全体で社員どのくらい居るの?」

後輩「1200人ぐらいっス」

私「えっ、ルービックキューブ回すだけなのにそんなに?」

後輩「そうっス」

私「そうか…だったら五人引き抜いたところで業務に支障を来すって訳でも無さそうだし、まあ大丈夫だと思うよ」

後輩「本当ッスか?」

私「ああ。後はその五人と会社との契約の問題だけど、そこさえクリア出来れば特に制裁は受けない筈。社会的法律的にはね。人道的にどうかはよく判らん」

後輩「いやあ、良かったあー。とにかく法律に触れるような事だけはしたくなかったんで…俺、法律とかチンプンカンプンじゃないスか?」

私「そう言えば君、学生の頃、自転車で首都高に乗った事あったよな」

後輩「あったッスあったッス」

私「しかも逆走で」

後輩「懐かしっスね。まあ、そんな事もあったんで、ちゃんと社会ルールに乗っ取った生き方をしたいと思ってるんス」

私「良い心がけじゃないか」

後輩「やっぱ先輩に相談して正解だったッス。これで大胸を張って独立開業出来るっス」

私「そっか。そう言って貰えると私としても嬉しいよ。じゃあ、新しい仕事頑張ってな」

後輩「ういッス。俺、絶対成功するっス」


次に後輩と会ったのは半年後の事。

後輩「先輩…ヒドいっすよー!社会的にも法律的にも問題無いって言ったじゃないスかー…」

私「だって…まさか、新しい事業が贋札造りだなんて思わないもの」

府中刑務所、面会室での会話である。

【終わり】


謎めく月(昨日の深夜の話)。


話題:不思議な事


白馬に跨がった王子様にキスでもされたのか、いきなり目が覚めた。

枕元の置き時計は不敵な顔で午前2時を指している。深夜も深夜、ビーフな三ツ刻だ。本格的に起き出すにはまだ早い。ならば話は簡単、再び眠りに着くまでだ。ではでは、おやすみなさい…。

はい…おはようございます。ダメだ。完全に目が冴えてしまっている。仕方ない。軽くチョコクロワッサンでも食べてから寝るか。いやしかし、こんな時間に食べるのもどうだろう?やはり、ここは素直に目を瞑るべきでは無かろうか。でも、チョコクロワッサンぐらいなら良いか。よし、食べよう。いや、待て待て、それが罠なのだ。基本的に私は眠りたい。ここは大人しく寝るべきだろう。でも、敢えて罠に引っ掛ってみるという手もある。その先に何か素敵な展開が待ち受けているかも知れない。いやいや、私が待っているのは普通に眠るという展開だ。眠る…ネムル…ナムルに響きがちょっと似てる。

ああ、余計な事を考えたせいで、ますます眠れなくなってしまった。さて、どうする私?

その時、不意に「月の夜舟」という意味不明な言葉が頭に浮かんだ。何だろう?不思議に思いながら、ベッドの上で半身を起こし、すぐ横の窓のカーテンを開くと綺麗な月が夜空に浮かんでいるのが見えた。が、それは只の月ではなかった。と言うのも、月を中心に巨大な光のクロス(十字架)が浮かび上がっていたのだ。

雲ひとつない夜空に輝く月光の十字架。
トパーズの月が光の十字架に磔(はりつけ)にされているように見える。

何だ、この不可解な現象は。私は写真に撮ろうとスマートフォンのレンズを月に向けシャッターを切った。が…映っていたのは遠くで輝く小さな月の姿のみ。光の十字架は全く映っていない。何度か試したが何れも失敗であった。そして、光の十字架は突然消滅した。時間にして数分間の出来事だった。

今のは何だったのだろう。不意に頭に浮かんだ「月の夜舟」という言葉と何か関係があるのだろうか。チョコクロワッサンを食べたいという気持ちは何時の間にか消え失せていた。

これが、昨日の深夜、私に起きた出来事の全てです(実話ナリ)。


〜おしまい〜。



松戸博士の不完全な薬。


話題:絶不調


画期的な薬の開発に成功した。誰もが俊足になる薬。この薬を飲めば亀でも100メートルを8秒で走れるようになる。世界新記録だ。但し…薬の効果は3秒しか続かない。そして、効果が切れた後はしばらく動けなくなる…。

ギャフン!

続いて開発したのは跳躍力が増す薬。これもまた画期的な薬だ。この薬を飲めば誰でも5メートルの跳躍が可能となる。走り高跳びの世界記録更新は確実だ。但し…一度跳躍した体はその後ずっと宙に浮きっ放しで二度と地面には戻って来られなくなる…。

ギャフンギャフン!!

どうやら、私は不完全な薬しか作れないギャフン人間のようだ。

という事で、私は現在、新たなる薬の開発に着手し始めている。その薬とは勿論“完全な薬を作れるようになる薬”だ。

私の名前は松戸逆噴射(まつどぎゃふん)。人は私をマッド・サイエンティストと呼ぶ。

【終】


構想2分執筆4分で書くと、こういう不完全なヒドい話が出来上がります。それでは、皆さんご一緒に……

『ギャフンッ!Σ(×_×;)』

夕暮れが甘い町。


話題:エッセイ


ある時刻になると町全体が不思議な甘い香りに包まれる。

以前、暮らしていた町の話。

その時刻は夕方の四時。ただ、毎日ではない。月水金だか火木土だか、甘くなる曜日は決まっていたように思う。その特定の曜日の午後四時になると何処からともなく甘い空気が町に流れ込んで来て、ほどなく町全体が甘い空気に包まれる。建物も路地も空地も、町の全てが甘くなる。まるで、お菓子で作られた町のように。

その甘さは果実や花の放つ自然物の甘さとは明らかに違っていた。それでいて、何処か懐かしい。この香りを私は確かに知っている。そんな確信があった。が、何の香りなのか、それがどうしても思い出せなかった。

そんな、ある日の夕方。時おり吹く風に乗って、例の甘い香りが通りを歩く私の元へと運ばれてきた。時計を見ると午後四時を少し回った辺り。いつもの時間だ。その日は朝から小雨が降り続くグズついた天気で、夕方になり風が吹き始めていた。その、強い風に乗って届いた甘い香りは、いつもより一際強烈に私の鼻腔をついてきた。

ある一つの考えが私に浮かぶ。

「もしかすると、風が吹いてくる方角、つまりは風上に、この甘い香りの発生源である何かが存在するのでは無かろうか?」

そう考えると、普段よりも香りが強烈である事の辻褄があう。絶対と迄は言えないものの、その可能性は決して低くはない筈だ。私は進路の変更を決定し、風上を目指して歩き始めた。其処に甘い香りの正体を求めて。

それは決して楽な行程ではなかった。何せ、常に向かい風になるよう、わざわざ選択して歩いているのだ。風向きとて必ずしも一定というわけではない。どれが甘い香りを真っ直ぐ運んでくる風なのか、そこを見極めなければならない。おまけに、小雨とは言え雨降りである。引っ越して来て間もないので、土地勘もあまりない。せめてもの救いは、初夏という季節のお蔭で日が長い事だった。もっとも雨なので曇天ではあるのだが。

そのようにして、どれくらい歩いただろうか。私の行き着いた先には、煤けた灰色をした堅牢なコンクリートの塀が世界を分断するかのように無機質に、そして高く聳えていた。中にある巨大な建物は恐らく何かの工場だろう。其所が甘い香りの発生源である事は間違いないように思えた。

私は、その工場の正体を探るべく、塀に沿って歩みを進めた。広大な敷地。当然、塀の外周もかなり長い。しかし、幾ら長いとは言え無限ではない。やがて塀は途切れ、無骨な入り口の門が現れた。そして、門の石柱に掲げられた看板にはこう記されていた…

【東鳩】

トーハト。お菓子の老舗メーカー。その瞬間、私の中の記憶と甘い香りが、ついにイクォールで結ばれた。そうだ、この香りは……東鳩キャラメルコーンの香りだ。もしも、この甘い香りを室内で嗅いだのならば直ぐにそれと気づいたかも知れない。が、町全体がキャラメルコーン色に香るとなれば話は別。規模が大き過ぎて逆に結びつかなかったのだ。

午後四時という時刻。恐らくそれは、大量のキャラメルコーンが出来上がる時刻なのだろう。その香りが排気口、煙突から外に流れ出し、やがて町全体がキャラメルコーンの香りに包まれる。かくして謎は全て氷解した。

積年(という程ではない)の疑問が解消したせいか、帰路へ着く私の足取りはいつになく軽やかであった。否、そうではない。単に追い風のせいで軽いだけだ。

それからしばらくして私はその町を離れたが、今でも時おり、夕暮れの町に風が吹くとあの甘い香りを思い出す。そして思う。今でも、あの町の夕暮れは甘いのだろうか、と。


【終】。

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