話題:電話



夜、リビングでくつろいでいるとトゥルルルルーと部屋の置き電話が鳴った。“トゥルー”というぐらいなので幻聴ではなく実際本当に鳴っているだろう、などと思いながらナンバー表示のディスプレイを見ると、何やら見覚えのない数字が並んでいる。知らない番号だ。

「電話に誰もデンワ」。そんな日本古来の駄洒落に乗っ取り、受話器を取らずに放置する手もあったが、鳴り方が純朴かつ慎ましやかだったので、セールスやイタズラでは無かろうと思い、相手の期待に応えるべく受話器を取り上げる事にした。すると、

相手「…もすもす?」

思わずズッコケる私(昭和の喜劇のノリ)。声からすると相手はかなり高齢の男性と思われる。強烈に訛っている。はて、誰だろう?

相手「ななし村の権兵衛だすけんども…」

ああ、権兵衛さんでしたか。彼は遠縁の親戚にあたる方で、以前、祖母の付き添いで行った誰だかよく判らぬ本家の方の三十三回忌の法要で一度だけお目にかかった事がある。

私「あ、どうも御無沙汰しております。祖母の孫のミノルで御座います」

すると、どうやら向こうも私の事を覚えていたらしく…

相手「ああ、あのジェームス・ディーンに似て渋くてカッコいい青年のミノル君か」

…とは言わなかったが、以前会った事はちゃんと覚えていてくれた。

その後、すぐに父親と電話を代わったので、どのような用件で彼が電話をかけて来たのか、詳しい事はよく判らない。

が、あの、いきなりの「もすもす?」には良い意味で微笑ましさを感じる…と思ったところで、ふと或る事に私は気づいた。

確か「もしもし」という電話における定番の挨拶は最も濃厚な由来として「申す申す」が転じたものとされている。という事は、「もしもし」よりも彼の言った「もすもす」の方が、より原形に近い、言わば正統な後継なのではないか。

一瞬でも“微笑ましい”などと思ってしまった自分が恥ずかしい。明日からは私も電話で話す際には正統な継承者たるべく先ず「もすもす?」と言おうと思う。

いや…思うだけで実行はしない…と思う。


【終わり】。

*…モスバーガーのモスは「申す」が転じたものではありません。御注意ください。