話題:散文



深夜のコインランドリーに独りでいると、こうしてもう何千年もずっと自分は此の場所で洗濯機を回し続けているような、そんな気持ちになってくる。

小さな窓から射し込む一筋の月光が半ば閉ざされた埃っぽい空間に直線的なプリズムを造り出しながら、机の上にポツンと置かれた少年雑誌に降り注いでいる。いつか誰かが忘れていった少年キングは1974年の発行物で、表紙はとうに失われていた。

奥の壁を背に置かれている年代物の自販機でジュースを買うにはちょっとしたコツが必要だった。

例えば、缶コーヒーを買う為には一段上の烏龍茶のボタンを押さなければならないし、その烏龍茶をが欲しいのならば今度は二段下の二つ右にある不二家ネクターのボタンを押さなければならない。

きっと電気に詳しい誰かが、洗濯を待つ間の暇に任せて勝手に配線をいじったのだろう。

棚上の固定テレビは未だ地デジに対応する素振りを見せず、執念だけで電波を拾い続けていた。

深夜のコインランドリーはまるで銀河の最涯の地のようだ。起きているのは洗濯機を回す孤独な人ばかり。宇宙はとうに深い眠りに落ちている。

備え付けの本棚に置かれた何冊もの古い雑記帳は無口な夜の語り部で、そっと頁を捲るたび、見知らぬ誰かが主人公の小さな追憶の出来事を聞かせてくれる。

例えば

1982年に、誰かが光代さんという女性にフラれて哀しんでいた事。

1975年に、誰かが“ぶら下がり健康器”を買うべきか否か一ヶ月も悩み続け、結果買わなかった事。

2000年に、誰かが“ノストラダムスとはいったい何だったのか?”と呟いた事。


時代をも軽々と飛び超えた、顔も知らない人たちとの不思議な文字の交流に、こんな銀河の片隅でも人は決して孤独ではない事を知る。


右端の乾燥機が《使用禁止》の理由は、そこに小さなオジサンが暮らしているから。オジサンに挨拶されれば、それは常連と認められた証しとなる。


誰もいない深夜のコインランドリーに照らされていると、もう何千年もこうしてずっと洗濯機を回し続けているような、そんな気持ちになってくる。

此処に時間は流れない。

時間は静かに降り積もる。

袖に落ちる白雪のように。



夜の銀河は安らかな寝息の中に。

宇宙はとうに深い眠りについている。


〜終〜。