話題:SS
見晴らしのよい丘の芝生に寝そべって流れる雲をぼんやり眺めていると、不意に横から缶コーヒーを差し出されたので、誰かと思い顔を向けると、いったい何時から居たのか、其処にはフンボルトペンギンのペンちゃんの姿があった。
澄み渡る初秋の空は足の短い昼下がり。
ペンちゃんは僕の隣に腰を下ろすと同じように芝生に寝そべる姿勢を取りながら「コンビニのバイト、クビになっちゃった」そんな事をポツリと呟いた。
「クビって…どうして?」
「ペンギンだってバレた」
「そっか…ついにバレたか」
「うん。まあ、今までバレなかった事の方が不思議なんだけどさ」
穏やかさを装いながらも、ペンちゃんはやはり寂しそうだった。ペンギンなので表情からは判り辛い。それでも、心では泣いている事がよく判る。
「あんなに頑張って働いてたのにクビはひどいな」
「…何かね、店員がペンギンだと食品の衛生管理上問題があるんだそうだ」
「そっか…」
「一度“おでん”ってやつを作ってみたかったんだけどなあ」
「ああ、もう少しで“おでん”のシーズンなのに、悔しいね」
「それだけが心残りかな」
ペンちゃんはとても残念そうだった。
それから僕らは芝生の上に並んで寝そべり、何も言わずただ空を見つめたまま時を過ごした。
町で一番高いこの丘の上には、もしかしたらまだ夏が残っているかも知れない。僕はそう思ってこの場所に来た。そしてそれは恐らくペンちゃんも同じに違いなかった。
二人の頬を風がそっと撫でてゆく。爽やかな風のたもとでは人間もペンギンも大して変わりはない。
「それにしても…この場所はいつ来ても気持ちがいいね」
視線を空に置いたままペンちゃんが云った。
「…そうだね」
ペンちゃんの瞳に映る青空の中を最後の夏の雲が流れてゆくのを、僕は不思議と懐かしい気持ちで眺めていた。
【おしまい】