話題:ああ、よかった*

すっかり陽の落ちた夕刻。スマルトプホーネ(スマホ)からアランドロンの【パローレ】のメロディが流れ出した。メールの着信だ。

届いたメールを開くと、極めて短い文章がそこにあった。

着信「間に合うようなら、ネジネジを買って来て下さい」

発信元は家だった。と言っても勿論、家自体がメールをして来た訳ではなく、家の中に住まうホモサピエンス類が送って来たメールだ。“間に合うようなら”。この部分は何となく解る。そして、“買って来て下さい”、ここは完全に理解出来る。

“間に合うようなら買って来て下さい”

何を?

“ネジネジを”

そこが解らない。あまりにもイメージ的すぎる。目的語の喪失は乃ち目的の喪失であり、目的の喪失は行動指針の喪失となる。そこで私は失われたものを取り戻すべく返信メールを送った。

返信「ネジネジとは何ですか?」

すぐさま着信が届く。

着信「ネジネジしたやつです(絵文字のソフトクリーム)」

絵文字が一つ増えたが依然として謎は謎のまま残されている。

返信「ソフトクリームですか?」

着信「ソフトクリームはイメージ。ネジネジは、いつものペットショップに置いてあります」

返信「それは犬のおやつですか?」

着信「そうです(絵文字の犬)」

むしろ、ソフトクリームよりも先に犬の絵文字を送るべきだろう。

返信「商品名は判りますか?」

着信「判りません(犬の絵文字&ブレイクハートの絵文字)」

やはり。

返信「判りました。ネジネジした感じの物を探してみます」

着信「違うネジネジもあるのだけど、それは食べないので、そっちじゃない方のネジネジでお願いします」

と言われたところで、元のネジネジからして判ってない訳だから…。

返信「出来るだけ期待に沿えるよう頑張ります」

着信「お願いします(ソフトクリームの絵文字)」

いや…ソフトクリームの絵文字はもはや必要ないかと。

かくして私はペットショップへと足を向け、置かれている商品の中で“最もネジネジした感じの物”を買って帰ったのだった。

歯みがきジャーキー。細長い棒状で、二色のササミが螺旋にツイストしている物。確かにネジネジしている。これで良いのだろうか?

自宅へ戻り、買って来た物を母に見せると…果たして、それは正解の品であった。

仰せつかった大役を無事に果たし安堵した私ではあったが、“ネジネジ”について思考を凝らし続けたせいか、それから数時間が経った今現在でも、目を瞑ると瞼の裏側に“マフラーをネジネジに巻いた中尾彬さんの姿”が浮かび上がり、私に断続的なダメージを与えて来るのである。

しかし、まあ…“違う方のネジネジ”を買って来なくて本当に良かった。


〜終り〜。