話題:創作小説

ほんの数時間前までは本当に何の変哲もない夜だった。無数に連なりゆく夜々の単なる一つに過ぎない時間。それが、今や私は“指紋の無い男”だ。

あの時、何故私は自分の手をジッと見つめていたのだろう。小指の指紋の端は何時何処でほつれたのだろう。どうして私は指紋を引っ張り剥がしてアヤトリなど始めてしまったのだろう。

深夜の部屋で繰り返される自問自答。しかし、私はどの問いかけに対しても明確に答える事は出来なかった。詩的に云うならば、全ては窓の外に立ち込める異様な霧のせいとなるが、果たしてそんなものが理由になるのかは甚だ疑問だった。

無論、後悔の念はある。だが、あの時点でこうなる事などいったい誰が予想出来よう。それにもしかしたら、指紋でアヤトリをする事が飛びきり素敵な展開を生み出す可能性だってあったに違いない。

思えば、人生とは不確定性に満ち溢れた海原で波乗りをするようなものだ。

全ての行動は不確定性を内包している。そう考えると、指紋を失った事とて必ずしも凶と決め付ける事は出来ない。何故なら、現在の状況もまた不確定性に満ち溢れているからだ。

全ての事象が不確定的な存在だとするならば、恐らくは絶望する必要など宇宙のどの時点に於いても存在し得ないのだろう。

窓の結露に指で文字を書く。

「絶望に適した場所など宇宙の何処にも存在しない」

…。

独りきりの深夜はどうにも理屈が勝っていけない。

独りきりの深夜はどうにも理屈が勝っていけない

しかしながら、多分に観念的とは云え希望を抱いた事は悪くない。問題は、この指紋を失った状態を具体的にどう打開するかだ。当たり前の話だが、このような事態は初めてなので経験則は使えない。

そう云えば前に何処かで、「磨り減って消えた指紋は時間が経てば再び浮き上がってくる」と云ったような内容の話を聞いた事がある。もし、そうならば、このまま放って置いても大丈夫という事になるが、単なる冗談や私の勘違いだったら…。

そこでハタと思い付いた。そうだ。ネットで検索をかけてみよう。

パソコンの前に座り、久しぶりに電源を入れる。一瞬、モニターに反射する自分の顔が見知らぬ他人のそれであるように思えてギョッとするも、何とか気を取り直して検索ワードを入力し始めた。

[指紋]
[消失]

ENTER を叩こうとする指を止め、検索ワードを更に一つ追加した。

[復活]

取り敢えずはこれで良いだろう。

ENTER.

こうして私は、不確定性の海をゆくネットサーファーとなったのだった…。


☆☆☆☆


何だか…取り留めがなくなってきました。参ったo(T△T=T△T)o

…と云いながらも、「とりとめのないトリートメント」などという言葉が頭に浮かんでしまうファニーな夜。

20年前のホカロンが押し入れの奥より満を持して登場致しました(//∇//)←実話。