話題:SS

滅多に訪れない街の小さな古着屋で、或る日、とても趣味の悪い色柄のジャケットを手に入れた。夏物のデザインジャケットだ。どこがどう悪趣味なのかは皆さんの想像通りだ。

では、何故そんな服を買ったのか。そう訊かれると正直返答に困る。衝動買い、或いは、魔が差したとしか言いようがない。

――いや、やはり正直に云おう。私がそのジャケットを買ったのには歴とした理由がある。

それは試着室での事。果たしてこのジャケットを着たらどれくらい格好悪くなれるのだろうか?そんな好奇心で問題のジャケットを試着したところ、右側のポケット部分が不自然に重くなっている事に私は気づいた。

手を突っ込んで中を探ると、あろう事かそこにはジャガイモが四個も入っていた。それが幻のジャガイモ【マチルダ】である事は一目で判った。

ちょうど帰りにジャガイモを買って帰るつもりだったので、もしこのジャケットがジャガイモ付きなら手間が省ける。そこでヒッピー風の店主に確認すると、

「ああ…そうですねぇ…えっ、ジャガイモ!?…あ、いえいえ…ええと…はい…そうなりますね…ジャガイモ付きジャケットです」

と歯切れ良く云ってきたので、私はその場で購入を決めた…とまあ、それが理由だ。私は「着て帰るので袋はいらないです」と告げ、マチルダを鞄に移し変えた後、代金を払って店を後にした。

店を出てしばらく歩く内に、今度は左側のポケットが妙に重くなっている事に気づいた。

先程と同じように中を探ると中には何時の間にかニンジンが四本も入っていた。それがフルーツ顔負けの甘さを持つ【雪の下ニンジン】である事は一目瞭然だった。試着した時にはニンジンなど入っていなかった。

降って湧いたかのように突然現れたニンジン。もはや間違いない。これは、見た目こそ非常にサイケでダサいが、魔法のジャケットなのだ。

ジャガイモと同様にニンジンも買って帰る予定だったので、また一つ手間が省けた。

ところが、ポケットの魔法はまだ終わってはいなかった。今度はタマネギが出現したのだ。それがハワイのマウイ島で採れるマウイオニオンだという事は右目だけで直ぐに判別出来た。

しかし、魔法はまだ終わらない。次は豚肉。それも薩摩の黒豚だ。そして驚くべき事に、私はタマネギと豚肉も買って帰るつもりだった。次から次へと省けて行く買い物の手間。

そう…。私は夕食にポークカレーをブヒーッと作って食べる予定だったのだ。その具材が尽くポケットの中から出て来る。もとより、其れほど凝った物にするつもりもなかったので、後はカレールウさえあれば買い物をせずに帰る事が出来る。

もう此処まできたら期待せざるを得ないだろう。

カレールウ。カレールウ。

さあ、出て来いカレールウ。

私は期待を込めてポケットの中に手を突っ込んだ。

しかし、ポケットの中から出て来たのはカレールウではなく、一枚のメモ用紙で、そこにはこう書かれていた…。

『それは自分で買って下さい』

………。

ならば…私は再びポケットに手を突っ込んだ。

ペシャリッ!

手を叩(はた)かれた。

どうやら、カレールウの代金は払ってくれないようだ。


もしも貴方が街角でダサい夏ジャケットを着ている人を見かけたら、それは私かも知れません。その時はどうか…

そっとしておいてあげて下さい。


〜おしまひ〜。