話題:楽しい日記


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【水曜日】

午後出勤の為、正午少し前ぐらいに駅へ向かって歩いていると、駅に程近い商店街の通りでけっこうな数の人だかりが出来ている光景に遭遇した。昔ながらの商店が軒を列ねる、普段は落ち着いた雰囲気の通りが何やら緊張感漂う只ならぬ空気に包まれている。

近づいてみると、路肩にパトカーと警察のバイクがそれぞれ2台ずつ停まっており、その周辺を慌ただしい様子で動き回る数人の警察官の姿が見えた。

いったい、朝っぱらから何事だろう?

気になったので、野次馬の一人にそれとなく訊ねてみたところ、どうやら、ひき逃げ事件があったらしい。その野次馬――いかにも話好きといった感じのおばちゃん――の語るところに拠ると、どうやら怪我人は出ていないみたいだとの事。不幸中の幸い。それを聞いて少しホッとする。

おばちゃんは、まだまだ話したそうな素振りを見せていたが、これ以上話を聞いていると遅刻しそうなので、軽く頭を下げ、その場を後にする。

午後1時、予定通り仕事場に到着。いつも通り仕事に取り掛かる。

が、ひき逃げ事件の事が気になっているせいか、封書に糊を塗る際にはみ出して机にまで糊を塗ってしまったり、1ヵ所で良いところを3ヵ所もホッチキスで止めてしまうなど、左遷にも繋がりかねない重大なミスを幾つか犯し、南極支店でシロクマさんが「ウェルカム!」と言いながら私を出迎える光景が脳裏を過る(よぎる)も、社長に煎れたお茶の茶柱が立っていた事が評価され、左遷どころか逆に昇進を果たす。

ぶよぶよ平社員E→うきうき平社員Cへ。実に46階級もの特進だ。月給は約92円ほどUP。そしてついに、1階のトイレの右端の個室に入る資格を得る。うきうき平社員D以下の人間は決して入る事が許されない個室…。

午後3時。コーヒーをがぶ飲みし、満を持してトイレへと向かう。トイレ用のIDカードを差し込み82桁の暗証番号を入力、守衛の出す幾つかの簡単な質問に答えた後、念願の右端個室デビューを果たす。

入ってビックリ。まず、トイレットペーパーの紙質が他の部屋とはまるで違う。例えるならば、そう、天使の羽根のようだ。

もっとも天使の羽根に触れた事は無いが。

扉の内側には視力検査表があり、こまめに視力がチェック出来るのも非常に助かる。そして左側の壁には会社の裏帳簿のコピーが貼り付けられていて、暇潰しに閲覧出来るオープンソースシステムとなっている。うきうき平社員Cになって本当に良かったと実感。満足してトイレを出る。

午後7時。昼間のひき逃げ事件が気になり、ネットで情報を捜す。まちBBS で最新情報を発見。

――午前10時半頃、M市M駅の商店街で、店主の顔が平泉成さんに似ている事で有名な肉屋《ミートデリカ髻》に男が不法浸入、商品ケースの中にあった最高級松阪牛のステーキ肉を無断で挽き肉にするという事件が発生した。

奥の部屋で電話をしていた主人が店に戻り、男と遭遇。男は慌てて逃げ出したという。通報を受けた警察は【挽き逃げ事件】と断定。周辺の聴き込みを中心に捜査を展開していたが、事件発生から約2時間後の午後1時半、市内に住む予備校生の男性(19才)が母親に付き添われる形で自ら出頭。男性の自供に拠ると、

「松阪牛のお肉で作ったハンバーグがどうしても食べたくなり、思わず挽いてしまった。1バーグ分挽き終えたところで急に怖くなって逃げ出した。普通に、挽き肉にして欲しいと店の人に頼めば良かった」との事。

なお、当事者同士で既に和解が成立している事や、基本的にクダラナイ事件である事から、検察は起訴を見送る模様――。


…そういう事だったのか。轢き逃げ事件ではなく、挽き逃げ事件。道理で怪我人が出ないわけだ。しかし、何はともあれ、誰も傷つかなくて良かった。

安心したせいか急に眠くなり、仮眠室へ。新たに発行された【うきうき平社員の社員証】を眺めてニヤニヤしながら眠りにつく。

仮眠のつもりが、ついうっかり、そのまま朝まで。

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木曜日〜は、また明日以降という事で宜しくお願いします♪