話題:妄想を語ろう

現実の事件の裏側には虚構の事件が存在する。我々はそんな、決してメディアでは取り上げられる事の無い虚構の事件を捜査する警視庁の裏組織、その名も[虚構警察]である。

正月で賑わう都会の街は様々な虚構事件の温床となる。我々には一時足りとも休む暇などないのだ…。


【AM 0:00】

某有名な寺の“除夜の鐘突き”で、『住職が108ツではなく109ツと1つ多く鐘を突いたせいで、境内が大混乱に陥っている!』と云う通報を受けた我々【虚構警察】は、すぐさま現場へレンタカーで駆けつけた。

煩悩の数を今よりも増やして世の中を更に混乱させようという世界的陰謀の可能性もある。だとすれば、この大事件(デカヤマ)は果たして我々の手に負えるのか?レンタカー(ダイハツ・ミラ)のハンドルを握る手にも汗が滲む。

ところがである。

住職や住職の近くに居た人間に事情聴取を行った結果、境内の人達が109ツ目の鐘の音だと思っていたのは実は、住職の放った“弩級のオナラが鐘にぶつかり鳴らした音”だという事実が判明した。

鐘を直接突いた訳では無いので事件とは呼べないが、大勢の人間の気分を損ねた事は間違いない。そこで我々は住職に対し「間際らしいタイミングでオナラをしないように」という厳重注意を与え、まだ少しメタンガス臭い境内を後にしたのだった…。


【AM 3:30】

『カラオケ店で女性客が暴れている』

そんな通報を受けた我々は、そのカラオケ店が虚構署から近い事もあって、レンタカーをバック走行させながら現場へと急行した。

ところがである。

問題の女性は暴れていたのではなく“坂本冬美のあばれ太鼓”を二時間に渡り熱唱し続けていただけである事が判った。法律を犯している訳では無いので逮捕は出来ない。が、周りの客にとっては迷惑な話だ。

そこで我々は念の為に用意したパソコンでカラオケ機の内部システムに潜入し、“あばれ太鼓”を強制消去して歌えないようにした。

そして女性客には「たまには夜桜お七も歌うように」という厳重注意を与え、数曲歌った後に現場を後にしたのだった。


【AM 6:00】

初日の出を見るために海岸に集まった人達からの『ペ・ヨンジュンがお忍びで日本に来てるみたいですけど、警護とかつけなくて大丈夫なんですか?もし彼の身に何かあったら国際問題に発展すかも知れませんよ』という通報を受けた我々は、敢えてオープンカーに乗り換えて寒風の吹き荒ぶ冬の海へと急行した。

ところがである。

問題の男は確かにペ氏そっくりではあるが、身長が少なく見積もっても2メートル30センチはある…どうやら、ヨン様ではなく“ヨソ様”だったようだ。これなら警護をつける必要は無いだろう。

しかし、髪型といい眼鏡といいマフラーといい、男は明らかにヨン様を意識しているようだった。

我々は男に「そこまで意識されると見ている方が恥ずかしいから、せめてマフラーは中尾彬さん風に巻くように」と厳重注意し、朝陽に向かって敬礼を決めた後、冬の海に別れを告げたのだった。


【AM 9:30】

毎年、何万人もの人出で賑わう事で知られる某有名神社を訪れた参拝客の一人からの「この神社は、初詣のどさくさに紛れて武器の販売を行っている」という通報に、虚構署内はかつてない程の緊張感に包まれた。

そこで我々はレンタカーにビニール製のクッション包装材(プチプチ潰し始めると止まらなくなるやつ)を三重に巻きつけて急増の装甲車を造り、現場である神社の少し手前の空き地へと急行した。そこから神社までは徒歩である。万が一にもレンタカーに傷がつくような事があってはいけない。我々は、携帯許可の下りたウォーターガンを懐に忍ばせ、鋭い目付きで神社を見渡した。この平和な風景の何処かで悪魔が武器を売っている。

すると、通報者らしき男性が我々に近づいて来て、或る区画を指さしながら言った。『あ、あそこです!』。

売られていたのは破魔矢だった。
破魔矢の販売は銃刀法違反には当たらない。

「正月だからと言ってあまり呑んだくれないように」…我々はへべれけに酔っぱらっている通報者の男性を厳重注意処分とし、おみくじを引いた後(全員が凶だった)、早々に参拝客でごった返す神社を後にした。


【AM 11:00】

何も通報がなく暇だったので、パトカー(レンタカー)の上にパトランプ代わりに鏡餅を載せ、記念撮影をする。

鏡餅の天辺に蜜柑(や橙などの柑橘類)を乗せ忘れていた事に後から気づき、自らを厳重注意処分とする。

虚構の事件は、例え元日と言えども休んではくれない。【虚構警察】の辞書に“正月気分”という文字は無いのだ…。


《午前さま編》おわり。