話題:映画
忙しない年の瀬の、とある夜遅くの事。友人達との食事会(晩餐会)を終えて帰宅した母の、化粧を落とした顔を見た瞬間、私の脳裡をある思いが過った。
(むむむ、その顔は…有名人の誰かに似ているぞ)
が、しかし…それは私の頭の中で朧気な像を結ぶばかりで、誰に似ているのか、思い出せそうでなかなか思い出せない。そこで仕方なく、その旨を母に告げてみる。
母「えっ、誰に似てるって?」
「いや、それが…もう、その人の名前、喉の先まで出掛かってるんだけど…」
私「どれどれ…」
言いながら私の口の中を覗き込む。
母「…何にも見えないけど」
あ、あなたねぇ…そんなふうに直接肉眼で覗き込んだって“名前”が見えるはず無いでしょう。私は呆れながら言い返していた。
私「老眼なんだから眼鏡かけないと」
母は老眼鏡を掛け、再び私の口内を覗き込んだ。…ネタじゃないっスよ♪(長州小力ふうに)。
母「…やっぱり何も見えないけど」
私「そうかそうか。ポリープが出来てなくて本当に良かったよ、うん」
う〜ん、ポリープを入れない珈琲なんて…。あ、クリープか。と、わざとらしいフィクションを随所に織り交ぜながらも、“その名前”は容易には出て来ない。
私「ウ〜ン、誰だったかなあ…」
母「ちょっと、早く思い出してよ。気になるでしょう」
私「ウ〜ン…」
母「あ、もしかして【マドンナ】とか?」
素晴らしきアメリカンジョーク
の世界。
私「いや、違う」
母「じゃあ…【アラビアンナイトのシェラザード姫】かな?」
おいでイスタンブール。
人の気持ちはシュール。
《飛んでイスタンブール》庄野真代。1978年 日本コロムビアレコード。
私「逢った事はないけど、それも違う」
母「そうねぇ…だったら身近なところで【吉永小百合】さん?」
いや、それは…年齢が近いだけで…決して身近とは…。
私「残念だけど…」
母「判った!【カリオストロの城のクラリス】でしょ?」
ーーーーー
クラリス「でも…あの方は何も盗んでおりませんわ」
銭形「いいえー!ヤツはとんでもない物を盗んでいきましたー!」
クラリス「えっ?」
銭形「それは…貴女の“良識”です)キリッ!」
クラリス「まあ…」
銭形と警官隊、敬礼をした後、ルパンを追いかけて走り去って行く。
爺「なんと気持ちの良い人たちじゃ…あーりませんか♪」
クラリス「…チャーリー浜!」
ーーーーー
そんな茶番劇が終わった時だった…。突然、私はその名前を思い出した。
私「あっ!」
母「思い出した!?」
思い出した。化粧を落とした母の顔が似ているのは…
猿の惑星のコーネリアス。
母「…誰?」
私「…いや、思い出したと思ったんだけど、やっぱり思い出してなかった」
言える訳がない。
母「本当に?」
私「うん、本当に」
オオカミが来るぞー!
オオカミ王ロボも来るぞー!
子連れ狼も来るぞー!
萬屋錦之助「冥府魔道…」
言える訳がない。
母「…じゃあ、もう寝るけど…思い出したら教えてね」
私「判った。ジョニーが来たら伝えとく“二時間待ってだけど割りと元気よく出て行った”と」
母「ア・ドゥマン♪」
私「ア・ドゥマン♪」
また明日♪
ヤレヤレ…。私はホッと胸を撫で下ろした。
母はニワトリと同じで三歩あるくと忘れてしまうので、もう大丈夫だろう。お値段異常、ニワトリ。あ…お値段以上、ニトリか。
と、親父ギャグを言ってみても、母にとって私は永遠に子供。
口の先まで出掛かった“猿の惑星のコーネリアス”という言葉をグッと呑み込み、黙ってジッと手をみる。
これもまた、親孝行の一つの形なのだろう…。
それにしても…
疲れていなくて化粧をしている時はちょっと八千草薫さんっぽいのに、疲れている状態で化粧を落とすとコーネリアスになるとは…。
と、その時
激しい一条の雷が岩を砕いた!!
「アチャーーっ!」
岩の中から飛び出した影こそが、斉天大聖…つまりは孫悟空…すなわち堺正章…要はマチャアキであった…。
う〜ん、モンキーマジック。
【終わり】
爺「なんと気持ちの悪い終わり方じゃ…」