話題:SS

僕の五十メートル程先、秋の気配に背中を追われるように夏のイルカが九月の舗道を歩いていた。

海や水族館以外の場所でイルカを見掛けるのは非常に珍しい事だ。

そんな地の不思議な光景に呼応するかのように空もまた不思議な紋様を浮かべていた。太陽は未だ真夏に留まり、そこかしこに浮かび流れる入道雲を照らしていたが、その中に大きな黒い雲があって、その真下だけに雨が降っているのだ。

異端の雲から落ちてくる雨はとても大粒で激しく、油断したアスファルトの上、瞬く間に小さな湖を次々と造り出していった。

着かず離れずの状態で夏のイルカの後ろを歩きながら、(このイルカは何処へ向かって歩いているのだろう?)などとスポット・レインに濡れながら考えていると、不意に、イルカが宙に向かって跳ね上がり、まるでプールに飛び込むかのようにアスファルトの地面に美しい流線型を描きながら飛び込むと、そのまま姿を消したのである。

よもやの出来事に呆気に取られながら、ちょうどイルカの消えた辺りに駆け寄ると、そこには小さな水溜まりがあって、仕立ての良い鏡のようにキラキラとして空を映し出していた。

容赦なく照りつける太陽にぽっかりと浮かぶ白い入道雲。それはまごう事なき“真夏の空”であった。

最後の夏空を閉じ込めた小さな水溜まりに夏のイルカが消える。それはごく自然な成り行きであるように僕は感じていた。

軽く屈んで水溜まりを覗き込むと、マシュマロのような雲の間を気持ち良さそうに泳ぐイルカの姿が見えた。成る程。夏のイルカは、何処までも永遠に、夏という季節を泳ぎ続けたかったのだ。

イルカの消えた夏空、小さな水溜まりに、恐る恐る片足を踏み入れてみる…

僕も、あのイルカのように、永遠の夏空を翔べるのだろうか?

しかし、結果は、ただ靴下を濡らしただけだった。

僕は自分が“夏のイルカではない”事を改めて知り、永遠の夏にまだちょっと“うしろ髪”をひかれながら、色褪せたアスファルトの舗道を、秋へと向かって歩いていった。


【Fin 】

《追記にプチ解説あり》。

 


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