話題:創作小説 


あの夏、ちょっとした気の緩みから、ライスカレーに食べられてしまった僕。

私『それにしても…まさか、ライスカレーの中がこんな風になっているとは夢にも思いませんでした』

それは極めて正直な気持ちだった。カレーの中が鍾乳洞のような造りになっていようなど、いったい誰が想像出来るだろう。

閣下『まあ、超量子学的世界であるからな。容易に想像出来る世界では無かろう』

超量子学的世界…意味はよく判らないけれども、僕はフォンドボー閣下の見識の深さにすっかり舌を巻いていた。

その時だった。

ある耳馴れた声が、鍾乳洞全体にグワングワンと響き渡った。

『あら嫌だ。まったくケンちゃんったら…カレー、食べ残したまま何処いっちゃったのかしら?』

間違いない。それは、かなり強烈なエコーが掛かってはいるが、紛れもなく母の声だった。

母親の声がカレーの中まで届いてきたと云う事は…その逆も、十分有り得ると云う事になる。満ち溢るるは大いなる希望なり。僕はすかさず閣下に告げた。

私『今の、お母さんの声です!』

ジャガ『おっ、戻ってきたか』

ニンジン『閣下』

閣下『よし、では皆で叫んで、彼がカレーの中にいる事を母上殿に伝えるのじゃ!!』

その風景はさながら洞窟内大声コンテスト であった。

私『お母さーーん!』

ジャガ『お袋さーーん!』

ニンジン『ママさーーん!』

閣下『母上殿ーー!!』

正直、こんなやり方で大丈夫なのか僕は不安に思っていた。しかし、数度の呼び掛けの後…

『あらっ!?…もしかして、ケンちゃん!?』

母が反応をみせたのだ。

私『そうだよー!僕だよー!』

『…ねぇ、ちょっと何処にいるのよー!?』

声は届いているものの、姿は見えていないようだ。

私『カレーの中だよー!』

『え?…何でカレーの中にいるの!?』

それは極めて単純でありながらも事の本質をつく質問であった。僕が返答に困っていると、閣下がポンと肩を叩いて『わしに任せろ』と耳打ちしてきた。

閣下『母上殿!!それは、わしから説明しよう!!』

『…えっと、どちら様かしら?ケンちゃんじゃないわよね?』

閣下『わしはケンちゃんではない!フォンドボー閣下じゃ!』

『まあ、それはそれは…なんか息子がお邪魔しちゃってるみたいで…どうもすみません』

閣下『うむ。して…どうやら、ご子息はディック・ミネの蝶ネクタイに気を取られた隙に、ライスカレーに飲み込まれてしまったらしいのじゃ』

『あらまあ、ディック・ミネさんの…』

私『そうなんだよ!』

『それは困ったわね…』

どうやら母は、僕がライスカレーの中に閉じ込められていると云う事態を、すんなりと受け入れているようだった。僕は、この時ほど母親の精神的な柔軟性を嬉しく思った事はない。

閣下『なに、案ずる事はない。ご子息は我々の手で何とかそちらへ送り返そう。然るに、母上殿にはそれまでこのライスカレーを守って欲しいのじゃ』

『何だかもう、何から何までお世話になりっ放しで…本当に有り難うございます』

閣下『よきにはからえ』

『じゃ、ケンちゃん!戻ってくるまで、ちゃんと良い子にしてるのよ♪』

私『はぁーーい!』

こうしていよいよ、僕のライスカレーの具としての本格的な生活が始まったのだが…。


中編終了〜後編へ続く。