話題:SS
『なるほど、理屈は通っている。しかし…例えば、こちらの私と向こうの私が出会ってしまったら…どうなるのだろう? 二人の私が一つの世界に同時に存在する事は可能なのだろうか?』
『正直…その部分は私にも全く想像がつかないのですが…やはり、“一つの世界には一人の人間”というのが、宇宙の自然な摂理であるような気がします』
『そうなると…もし、向こうの世界の私がこちら側に来たら、私は消えてしまうか吸収されてしまうか、或いは逆に向こう側に飛ばされてしまうかも知れないな』
『そして、もし…向こう側の世界が、人間が生存するのに厳しい環境だったとしたら…』
『…いずれにしても恐ろしい事だ』
『はい。ですから、こちら側に潜り込んだ向こう側の人間をいち早く見抜く為にも【EMMA】の設置をお願いしたいのです。国の主要機関はもとより、人が多く集まる公共施設や巨大商業施設に【EMMA】のセンサーを設置し、それを中央のスーパーコンピューターに繋いで、そこにある全ての会話から“異世界の匂い”を抽出するのです。その為には【EMMA】のセンサーに超高性能隠しカメラを組み込む必要もあるでしょう』
『目には見えない巨大な蜘蛛の巣を国中に張り巡らせる感じだな』
『的確な表現だと思います』
『【インビジブル・スパイダーネット計画】と云ったところか……しかし、そうなると、現在の体制ではとても間に合わん。今はまだ、この件について知らせていない機関にも協力を仰いで人員を割いて貰わない事には…』
『…もし、そうであれば、もう一つだけ要望があるのですが…』
『何だね? 私に出来る事であれば可能な限り君の力になろうと思う』
『有難うございます。実は…』
―――――
少し気持ちをサッパリさせようと、町村は洗面所の冷たい水で顔を洗っていた。
頭が混乱している時は、意外とこういう単純な事が効く。
冷たい水で顔を洗うとか、深呼吸するとか、生き物としての根幹に繋がる行為は自らを一旦フラットな状態に戻すのには非常に効果的なのだ。
その時、町村の背後でギィとドアの開く音がした。
『おお、やっぱり此処か…』
町村が両手で顔を拭きながら振り向くと、そこには課長の姿があった。
『課長…どうしたんですか?』
口ぶりからすると自分を探していたようだが…
『取調室で仁来さんが待ってる。なるべく急いで行ってくれ』
これは町村にとっては意外であった。強引ともとれる取り調べの終わらせ方からして、自分が“この事件”に関わる事を、仁来はあまり歓迎していないように思えたからだ。
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話題:SS
『【EMMA】か…』
佐々岡の言葉に仁来は大きく頷いた。
『はい。私は取調室の隣の部屋からマジックミラー越しに二人の様子を観察していたのですが、【EMMA】の名前が出た途端、彼の態度が急変したのです』
『それは何かありそうだな。何故、彼は【EMMA】に食い付いたのだろう?』
『恐らくは…スペックを知りたかったのだと思います。彼が、我々の世界に限りなく近い“パラレルワールド”から来たと仮定して、外見から正体を見破る事はまず不可能。だとすれば…』
『【EMMA】に、彼らの正体を見破る力があるのかどうかを見極めておきたかった…そういう事か』
『恐らくは。そこで私は、相手を牽制する意味で敢えて【EMMA】のシステムの一部を彼に話して聞かせたのです』
『なるほど、抑止効果を狙った訳だな』
『その通りです。結果、彼が明らかに【EMMA】に対して警戒する態度を見せた事から、それなりの抑止効果はあったのだと思います。同時に、【EMMA】が“パラレルワールドの人間”に対しても正常に作動する事が判りました。これは我々にとっては大きな収穫です』
『逆に、彼らにとっては大きな不安材料である訳だ。で、私は現場を見ていないので細かい事は判らんのだが、彼は【EMMA】のどの部分に警戒感を抱いたのだろうか?』
佐々岡が繰り出す矢継ぎ早な質問にも、仁来はまるで、この問答は想定済みであるかのように冷静を保っていた。
『それは…真偽の判別の精度や情報処理速度の速さもさる事ながら…彼が最も警戒したのは、やはり、【EMMA】の秘匿性にあると私は考えます』
『秘匿性…』
『そうです。【EMMA】はワイヤレスで作動し、その情報を更に離れた場所にある端末で受け取る事も出来ます。つまり、やり方次第では、相手に全く気づかれずに【EMMA】を使用する事も可能だという訳です』
『確か、【EMMA】のセンサーパネルは、本体と切り離して独立設置する事も可能な仕様になっていたな』
『はい。そこで一つ、私の方から要望があるのですが…』
『何だね?』
『政治や経済など、国の主要機関の建物の内壁に【EMMA】のセンサーパネルを早急に設置して頂きたいのです』
ううむ…佐々岡は思わず唸った。
『…それは、大変な作業だぞ』
『承知しています。しかし、パラレルワールドから侵入して来たのが彼一人ではなく複数の仲間が居るとして、もしも、国の中枢機関に潜り込まれるような事にでもなれば、国が丸ごと彼らに乗っ取られるような恐ろしい事態にもなりかねません。そのような事態だけは絶対に避けなければなりません』
二人の間に沈黙が流れる。言うまでもなく、佐々岡の沈黙は決断の為の沈黙であり、仁来の沈黙はその決断を待つ為の沈黙である。
《続きは追記からどうぞ》♪