話題:SS


麹町警察署の第一取調室では、かれこれもう六時間近くの間、容疑者への尋問が続いていた。

もっとも、それを“尋問”と呼ぶ事が果たして適切かどうかは大いに疑問の残るところではあるが。

ただ調書を書く為だけに使用される、機能的と云えば余りに機能的に過ぎるくすんだ灰色の机を挟んで向かい合う格好で二人の男が座っている。

鏡が据え付けられている壁を背に、ネクタイを緩めに結んでいる白シャツ姿の四十男が取り調べを担当している町村警部で、反対側に座るジーンズに青シャツといった極めてラフな格好の二十代半ばと思しき男が容疑者である。

『なあ…いい加減、名前ぐらい教えてくれたっていいだろ?』

『………』

『ダンマリ作戦続行かい…』

町村警部はウンザリしたように首を振った。

取り調べ開始から約六時間…ずっとこんな調子なのだ。とにかく何を聴いても喋らない。確かに、長年の経験上、黙秘権を行使する容疑者は多い。しかし、それもせいぜい二時間が限界である。

どうやら“沈黙を続ける”という行為は、思ったよりも人間にとっては苦痛であるらしい。人は貝にはなれないのだ。

ただ、稀に筋金の入ったようなヤツもいる事はいる。しかし、そういう人間は大抵見ればすぐに判る。ところが現在、町村の目の前にいる男はどう見ても、その手の“筋金入りの犯罪者”とは思えなかった。そして、その事が町村をかつてない程困惑させ、同時に焦らせていたのである。

『十六件の内…』

町村警部が容疑者の目を真っ直ぐに見据えながら云う。

『…十四件で、お前にソックリの男の目撃証言が取れてるんだよ』

『………』

だが、男の涼しげな表情は崩れる気配さえない。新卒で採用された銀行員といっても通用しそうな見た目の一体どこに、ベテラン取調官を鼻であしらう“精神的図太さ”があると云うのか…。

そんな事を思いながらも、町村は粘り強く尋問を続ける事にした。

『それでな…目撃証言の取れてない残りの二件含む三件でも、お前に酷似した男の姿が商店街の防犯カメラにバッチリ映ってるんだ。別に人を殺した訳じゃなし、素直に自白すれば罪も軽くなるってもんさ。な、よく考えてみろよ』


《続きは追記からどうぞ》♪

 
more...