誘拐犯‐A kidnapper‐【13】(大完結編)。

話題:連載創作小説


どこにでもある住宅街の静かな夜。誘拐事件もそろそろ終焉を迎えようという水島邸では、佐知子と隆博が《新緑の世代》について、それぞれに思いを巡らせていた。

自らを【地球の意志によって誕生した生物】と語る博之ら《新緑の世代》の子供たち。その言葉は、常人の理解を遥かに超える範疇のもので、真偽を計る事など到底不可能な話であった。

ただ水島夫妻にはどうしても彼らが、そのような崇高な存在だとは思えなかったのである。

しかし、そう思ってはいても逆らう事など出来はしない。もし逆らえば、二人とも容赦なく何かの植物に変えられてしまう事は明白すぎるほど明白であるからだ。

そう…。水嶋家のリビングや庭、或いは近くの公園に寄進という形で二人が植えた数々の“つい最近までは人間だった植物たち”のように…。

勿論、その植物たちは博之が種や苗木といった形で持ち帰った“これまでに博之を誘拐してきた犯人たち”など、博之いうところの“悪い大人”の変わり果てた姿でもあった。

それらの犯人が何処の誰なのか二人は知らないし、また、知りたいとも思わない。知れば辛くなるに決まっている。それ故、佐知子も隆博も今まで、各誘拐犯の年齢や性別などを一度足りと博之に尋ねようとはしなかったのだった。

その結果、それぞれの犯人の動機や人物像、或いは犯行に至る動機など“人間を感じさせる全ての情報”は、通常のストーリーとは逆に、探らないよう明かされないように話は進むしかなかったのである。

この話においてはっきりしているのは、これまでに起きた全て誘拐事件における“真の誘拐犯”が、実は誘拐された博之自身であるという事と、それを止める力は二人には無い事、その二つだけであった。

いや、もう一つある。それは、どうやら博之が知恵をつけているらしいという事だ。最初に誘拐犯が言っていた豪邸の写真、恐らくそれは誘拐の決意を促す為に博之がネットから拾ってきた物だろう。では何故、そのような小細工とも言うべき知恵を彼らは身につける必要があったのか?

博之は「自分たち《新緑の世代》には悪い大人を引き寄せるフェロモンがある」と言っていたが、むしろそれは逆で、本当は、誰の心にもある小さな悪の芽を萌芽させるフェロモンなのではないか?その悪の萌芽をサポートする為の知恵ではないのか?

今回の事件に限っていうならば、博之によって悪の芽が萌芽させられた時点で犯人は“運命の分かれ道”を通り過ぎてしまったのであり、博之を人質とした時点で逆に“犯人自身が捕まっていた”のだ。そういう意味では、“誘拐犯が逮捕されたところ”から、この話は始まっているとも言える。

皆さんは覚えているだろうか?佐智子と隆弘が“身の安全”を考えて警察に連絡しなかった事を…。

それは本来ならば“人質となっている博之の身の安全”を指すべき言葉となる筈だが、二人は逆に“事件に関わる警察官の身の安全”を考えて連絡しなかったのである。

真の誘拐犯が人質である博之自身だと判れば、そこに示された言葉のベクトルは自ずと全て逆向きとなる。


《続きは追記に》。

 
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誘拐犯‐A kidnapper【12】Episode7.5(後編)‐。

話題:連載創作小説


一報を受けた草壁が娯楽室に入ると、数人の捜査員に寄り添われる形で片隅のソファにちょこんと座る少女の姿があった。 

目が合うと、何故か少女は草壁に向かってニコッと小さく微笑みかけてきた。

長年に渡る刑事としての勘からか、瞬間、草壁は少女が見せた微笑みの中に微かながら得体の知れない不気味さのような色を感じ取っていたが、その正体までは残念ながら判らない。

発見された少女が【Kコーポレーション】会長の孫だという情報は既に草壁の耳に入っている。問題は、草壁がその会長の屋敷に何度か足を運んだ事があるという事実だった。大っぴらな訪問ではないので、その事を知る者は自分と会長、他数名程度の筈だが、ひょっとすると、会長の家族である少女には何かの拍子で顔を見られている可能性もある。

しかし…。草壁はそんな不安を自らかき消すように心の中で呟いた。

見られたと言っても、まだ年端もいかない子供ではないか。もし仮に、会長との極めて内密な会話を悪戯心から盗み聴きされていたとしても、それは到底子供に理解できる内容とは思えない。顔を知られているとしても特に問題はないだろう。

その時、【Kコーポレーション】の本社ビル前にあらかじめ待機させていた救急車から“少女発見”の知らせを受けて駆けつけた救急隊員数名が、担架やら草壁にはまるで判らない何かの器具を抱えながら部屋に入ってくるのが見えた。

そして直ぐさま少女のバイタルチェックが行われたのだが、その結果は「血圧、脈拍、酸素飽和度ともに全て正常。目立った外傷も特になし」という極めて良好なものだった。若干、疲労の色が見て取れるが、これだけの事件に巻き込まれたのだ、それは致し方ないだろう。

取り敢えずの簡単な検査ではあるが、少女の健康が確認された娯楽室にホッと安堵の空気が流れる。とは言え、病院で精密検査をする必要はある。草壁が少女にその旨を告げると、幼い生存者は草壁の手を握って横に二度三度振りながら、

「病院行く前にトイレ行きたい」

少し駄々をこねるような、それでいて甘えるような声で言ったのだった。 

そこで草壁は、近くにいる女性捜査員に声をかけて少女を化粧室まで連れて行って貰おうとしたのだが、どうにも少女が自分の手を離そうとしないので、仕方なく手を繋いだまま女性用化粧室まで一緒に行く事にした。流石に自分が中に入る訳にはいかないが、犯人や容疑者ではないので逃亡の恐れはないし、何か異変を感じた時はすぐに応援を呼べば大丈夫だろう。草壁はそう判断した。ところがそれは、草壁にとっては最大の、文字通り致命的な判断ミスであった事が、それから僅か後に判明するのだが…今はそれには触れないでおこう。


《続きは追記に》。

 
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誘拐犯‐A kidnapper【11】Episode7.5(前編)‐。

話題:連載創作小説


大粒の激しい雨が降り注ぐ【Kコーポレーション】本社ビル前。時刻は夜にほど近い夕方の六時過ぎ。そう、これは『誘拐犯‐A kidnapper‐』その【7】と【8】の狭間で起こった、もう一つの事件の話なのである…。 




本社ビルの入り口で立ち番を勤めるI県警の若宮巡査は、支給された白色の雨合羽で雨に打たれながら、幾らか悔しい思いでビルに入る他の捜査員たちを眺めていた。

本来ならば自分も捜査に加わるはずが、本庁から大量に出張ってきた捜査員たちのせいで、見張り役という警備員のような役割へと押し出されてしまったからだ。

しかし、それも無理はない。事件の規模がこれだけ大きくなれば、捜査の陣等指揮はどうしても警視庁が執る事となり、I県警の捜査員は本庁の指示に従うより他はない。それでも、ベテランの捜査員たちにはそれなりの仕事が与えられているようだが、歳も若く経験もさほど深いくはない若宮巡査程度の人間は、せいぜい見張りか使い走りがいいところだった。

冷たい雨に体が冷えてくるのを感じながら若宮巡査がそんな事を思っていると、新たなパトカーが【Kコーポレーション】本社ビルの前に小さな飛沫を上げながら停まるのが見えた。

やれやれ、またお偉いさんのお出ましか…。

ところが、パトカーから姿を現したのは、若宮がよく顔を知る人物であった。

警視庁捜査一課所属、草壁警部。現在は本庁の人間である草壁も数年前まではI県警捜査一課の捜査官であった。もともとは企業犯罪などを専門とする捜査二課員だった草壁だが、やがて二課から一課に、そして一昨年にはついに警視庁へと栄転していた。

キャリア組でない草壁の出世は、同じノンキャリアの人間に希望を与えるものであったが、同時に、何故このように“トントン拍子での出世できたのか”という疑問に答えられる者はなく、それは現在でも《I県警の七不思議》の一つとされていた。


《続きは追記に》。

 
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誘拐犯‐A kidnapper‐【10】(プレ完結編)。

話題:連載創作小説


午後七時を少し回った水島邸のリビングルーム。カーテンの締め切られた部屋の灯りが夜に浮かんでいた。端から見ればそれは、ごく一般的な家庭のささやかな夕食時の風景にしか見えないだろう。

よもや、現在この部屋で誘拐事件が…それも、極めて事情の込み入った事件が進行中だとは、誰一人、夢にも思わないに違いない。

しかし、その複雑すぎる誘拐事件も、いよいよもって終焉の時を迎えようとしていた…。

リビングの机に置かれた電話機のスピーカーから、全てをやり終えた博之の少し誇らしげな声が流れてくる。しかし二人は、得意気に話す息子に言葉を返す事はなかった。返さなかったのではなく返せなかった。言うべき言葉が見つからなかったのだ。

(ねぇ…聴いてる?)

押し黙る両親に焦れったさを隠しきれない博之の声に対し、

母親の佐智子は、「うん」と一言を返すのが精一杯だった。

すると、突然何かに気付いたように博之が(あっ!)と短く声を上げたのだった。

(あ、そうだ!)
 
「なに?」

ほとんど反射的に聞き返した佐智子に、博之は特に悪びれたふうもなく言った。

(門限の七時、破っちゃってゴメンナサイ。…でも、悪い人を地球から一人減らしたんだから、許してくれるよね? 来月のお小遣い減らしたりしないよね?)

その言葉はやはり、どこまでも無邪気で、恐ろしいまでに純粋無垢なものだった。

「ええ…大丈夫よ。お小遣い減らしたりなんかしないから」 

佐智子は、そう答えるのがやっとだった。一方、父親の隆博は、二人の会話が耳に入っているのかいないのか、先程からずっと目の前の何もない空間を放心した様子で眺め続けていた。

(良かった…。だって、もしママとパパが犯人の味方するような事を言ったら…悲しいけど、その時は二人を“植物に変えなきゃ”ならないから…それが僕ら、“地球の意志”によって誕生した《新緑の世代》の使命だからさ)

安堵の混じる声で話す博之。しかし、その安堵が自分の親に対して力を使わずに済んだ事への安堵なのか、お小遣いが減らされなかった事への安堵なのか、それを見極めるすべを二人は持たなかった。

どれくらい前になるだろうか…博之は以前、《新緑の世代》の一人として二人に、こんな話をしていた…。

「僕ら《新緑の世代》の人間の体からは、悪い大人を呼び寄せるフェロモンのような物が出てるんだよ。もちろん、集まってくる大人全員がそうではないけど、僕らには悪い大人を嗅ぎ分ける独自の嗅覚があるからすぐに判るんだ」

この時点で佐智子と隆博は、息子は変なコミックの影響か何かで、自分が空想上の主人公になったつもりで遊んでいるに違いないと思っていた。単なる子供には有りがちな話の一つだろうと。

そこで何の気なしに、「悪い大人を見つけたらどうするの?」と尋ねると、博之は子供とは思えない真剣な顔つきでこう答えたのだった…。


《続きは追記に》。

 
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誘拐犯‐A kidnapper‐【9】。

話題:連載創作小説


《 TURE GREEN 》

文字から考えれば、それは《新緑》ではなく《真緑》と翻訳すべきかも知れない。しかしながら、その判断を下す事は《新緑の世代》ではない私たち大人には出来ないのだと思う。

数百名の社員が一斉に消え失せた【Kコーポレーション】の本社ビルから救出された一人の少女。そのセーターの胸に書かれた《 GENERETION 》の文字で、本来Aであるべき所がEとなっているのも、実はスペルの誤りでなどはなく、彼らにとっては《 GENERETION 》という表記こそが正しい、そんな可能性だってある。

詰まるところ、何が正しく何が間違いなのか、その判断は常に時代のマジョリティ(多数派、主流派)に委ねられるのが世の中の習いなのだ。となれば、《世代》の正しい英語表記が《 GENERATION 》ではなく《 GENERETION 》となる世界や時代が何処かに存在していても何ら不思議ではない。世界の大多数にとってそれが常識ならば、それは正当な物となるのだから。そして、そのように私たちが知る物とは全く異なる別の常識や価値観を持つ世界が、異次元などの手が届かない場所にではなく、私たちが暮らすこの世界の時間延長線上に“新時代”として存在しているとしたら…。

さて、

そろそろ、この事件の真相を説明するとしよう…。

《新緑の世代》。

簡単に言えば、それは博之を始めとする新しい世界の住人たちの事である。博之が以前、両親に語った話に拠れば、彼ら《新緑の世代》の人間は現在全員が子供で、最年長は十四歳の男子中学生、逆に最年少は四歳の女の子であるらしい。

もっとも、あくまでそれは博之の言葉によるもので、私たちには真偽の確かめようがない。だが、それを信じて話を先へ進めるならば、《新緑の世代》の子供たちは自然と仲間をソレと認識出来るのだという。その認識メカニズムは、ある種のテレパシーに似た共感覚によるものらしいが、それ以上の説明は「話しても理解出来ないだろうから」と、博之は実の両親である二人にすら教えようとしなかった。

そして《新緑の世代》には、私たち…いや、“旧人類”と言った方が良いかも知れない…大人にはない何らかの特殊能力があるのだとも博之は語っていた。

当然、博之にも常人には到底信じがたい或る特殊な能力があり、佐智子も隆博も実際に“その力”を目の当たりにしていたが、その事は実家にいる二人の両親を含めた他の誰にも口外してはいなかった。

《続きは追記に》。

 
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