誘拐犯‐A kidnapper‐【3】。

話題:連載創作小説


さて、件の犯人の電話から少し時は流れ‥

夜の帳が降り始めた水島邸、午後六時五十分。

妻からの電話で慌てて帰宅した夫の隆博と共に、佐智子は誘拐犯からの二度目の電話を今や遅しと待ち続けていた。

電話機は既に電話台からリビングのテーブルの上に移されている。

二人は並んでソファに浅く腰掛け、少し前屈みになりながら未だ鳴らない電話を見つめていた。

「博之は‥大丈夫だろうか?」

沈黙に耐え切れず、隆博が佐智子に話し掛ける。 

「…今は信じるしかないわ」

絞り出すような声で佐智子が言う。

「そうだな‥すまん」

すぐに途切れる会話。夕飯時にも関わらずキッチンは灯が消えたように冷たく暗い。二人とも食事の事など微塵も頭になかった。

「やっぱり警察に連絡した方が‥」

再び隆博が佐智子に話し掛ける。

「ダメよ!それはダメ!だって、博之がもしも…」

少し取り乱した様子で佐智子が訴える。

「そうだ‥そうだな‥すまん」

そしてまた、二人に沈黙が訪れる。

静まり返った部屋の中、時計の秒を刻む音がコチコチコチと、やけに大きく響いて聴こえる。

先の会話から判るように、家の中には隆博と佐智子の二人しかいない。つまり、警察に連絡はしていないのだ。

とは言え、二人とも日本の警察を信用していない訳ではない。ただ“身の安全”を考えた場合、警察には連絡しない方が良いだろうと、短い話し合いの末、判断したのだった。

そして、二人の見つめる置き時計の長針が文字盤の12の数字にピタリと重なった時‥

着信ランプの激しい点滅と共に運命の電話が鳴った。

「はい、水島です」

受話器を取ったのは佐智子だった。彼女は直ぐに電話をスピーカーモードに切り替える。

(はい、今晩わ。で‥お金の方、段取りはもう付いたのかな?)


《続きは追記に》。

 
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誘拐犯‐A kidnapper‐【2】。

話題:連載創作小説


「お金なら、出来る限り用意します」

(なんだ、判ってるじゃない。うん、こういう具合に話がテンポ良く進むのは良い事だ)

誘拐犯の口ぶりは、人質の所有という強みのせいで余裕綽々であった。

「それで…私たちはどうすれば?」

相手の嘲るような口調を無視するかのように、佐智子が話を進める。

(そうだな‥取り敢えず、明日の朝までに現金で五千万円用意して貰おうか)

「五千万!!」

佐智子は思わず提示された数字をオウム返しに叫んでいた。

「そんな、無理ですっ!うちは普通のサラリーマンで、いきなり五千万なんて言われても、どうやって用意すればいいのか…」

佐智子が示した、ほとんど狼狽に近い困惑は実に正当な感情であった。水嶋家は、ごく一般的なサラリーマンの中流家庭で、とてもではないが、五千万などという大金を一晩で右から左へ動かせるような身分ではない。

ところが、犯人の口から発せられた次の言葉は、佐智子に更なる困惑をもたらせた。

(実家に頼めばいいだろ?)

「えっ?」

(坊主が言ってたぞ。アンタの親、資産家なんだって?)

「博之が?」

(ああ。豪邸の写真も見せて貰ったし、セレブ大集合みたいなパーティーの写真も見たよ)

 

《続きは追記に》。

 
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