話題:髪型

某年某月。《国際 髪の毛フォーラム》におけるカロヤン教授の講演。

それまで、アカデミーの主流派として知られていた教授がそこで発表した論文は、会場を騒然とさせ、同時に世界中を震撼とさせる内容のものであった。

いそいそと壇上に上がった教授は、まずは眼鏡を掛け直してから、髪の毛に関する驚愕の新学説を蕩々と述べ始めた‥

――――――

え〜‥
え〜‥

誰もが当たり前のように日常の中で使っている言葉『髪型』。云わずと知れた『髪の毛の形』を示す言葉でありまして、そこには何の違和感も不思議も存在致しません。

しかし、よくよく考えてみれば、これは結滞な事だと思うのです。

一般に云われるように、髪の毛が頭部を守る為に存在するならば、防護効果の薄いサラサラヘアーなどは問題外で、脂ギッシュなベトベトヘアーが好まれて然るべきだし、形状も、ボリュームや弾力性に優れるアフロヘアや大仏パーマにこぞって人気が集まらなければなりません。

ところが、現実はそうではない。そもそも、髪の毛で形を造る必然性が何処にあるのかが極めて不明瞭だと云う事に先日、ようやく私は気がついたのです。
――――――
某年某月。AM6:00。とある超高層マンションの最上階の一室。

男は、窓の外、遥か猊下の街に広がる異様な光景を、ただただ茫然と眺めていた。

「こ、これは‥」

そこへ奥の部屋から一人の女性が入って来た。女の手には、早朝であるにも関わらずワイングラスが握られている。

女は、男に近づきながらアンニュイな口調で話し掛けた。

「どうしたの?何か面白い物でも見える?」

すると男は、相変わらず窓の外を見つめたまま、女の方を振り向こうともせずに、絞り出すような声で言った。

「世界が…終わるかも知れない」


――――――

私は考えました。いったい、『髪型』などと世界で最初に言い出した人は誰なのだろうと‥

詳しく調べていないので何とも云えないですが、かなり歴史を遡る事になりそうです。もしかしたら、クロマニヨン人やネアンデルタール人、北京原人辺りにまで遡るかも知れません。北京原人のカリスマ美容師が『今日はどのように?』などと笑顔で客に話し掛けたりしていた可能性すらあるでしょう。

いや、それ以前に‥

【髪型】とはいったい何なのでしょうか?

人体パーツの中で最上部にある『髪の毛』に、美術的な造形を施す事にどういう意味があるのだろう?

私は何十年も髪の毛の研究に携わっていながら、迂闊にも私は、そんな根本の問題を一度も考えるる事なく、ひたすら時を浪費して来たのです。
物が【髪の毛】であるにも関わらず【根本】を無視して来た…おっと失礼、本日の講演はダジャレ関係のものではありませんでした。

そう言うと教授は、少し照れ臭そうに壇上に置かれたコップの水を一口飲んだ…。

――――――

大袈裟な男の言葉に、思わず女は苦笑いをした。
「また大袈裟な‥事故かなんかあった?」

そう言いながら、窓に張りつくようにして立ち尽くしている男の横へ歩みを進める。

すると男は、女がすぐ横に来たのを感じたのか、黙ったまま、窓の外を指差した。

男の指の先‥超高層マンション最上階の部屋の窓の外に広がる光景を、示されるがままに見た女の手からワイングラスが落ちる。

フローリングの床に叩き付けられたグラスは、冷たい音を立てて粉々に砕け散った。

しかし二人は、グラスが割れた事など、まるで別世界の出来事であるかのように、床には一瞥すらくれる事なく、微かに震える足でただ立ち尽くしていた‥。


―――――――

追記ページへ続く。

 
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