話題:癒しの一枚


或る綺麗な夕焼けの日に、僕が道を歩いていると、黄昏に染まる景色の中、見た事もないような美しい金貨が落ちていました。

もちろん、僕はそれを交番へ届けようと思いました。

しかし、手に取ろうとすると金貨は消えてしまいます。

何度試しても、やはり拾う事は出来ません。

僕は仕方なく交番へ走りました。

そして、暇そうにお茶を飲んでいる、痩せっぽちのお巡りさんを手を引っ張って、金貨が落ちている場所まで戻りました。


僕は云いました。

「交番へ届けようと思っているのに、拾う事が出来ないのです」

すると、金貨を見たお巡りさんは…

「これは恐らく…“夕映えの天使”が落とした金貨に違いない」

と云ったのです。

さあ、それは大変な事です。

「その天使さん、金貨を落として困ってはいないでしょうか?」

しかし、お巡りさんは笑いながら首を横に振りました。

「遺失物届けは出ていないので大丈夫でしょう。それに…夕映え天使の金貨は誰も拾う事が出来ないのです」

僕は、お巡りさんの言葉を不思議に思いました。



「手に取る事の出来ない金貨に、何の価値があるのでしょうか?」

お巡りさんは、黙って金貨を見つめたまま、静かに答えました。

「手に取る事が出来ないからこそ…使う事が出来ないからこそ…この金貨には価値があるのです」



僕にはよく判らない言葉だったけれども、遺失物届けが出ていないのなら、誰も困ってはいないのかも知れません。


僕とお巡りさんは、それからしばらくの間、お互いに黙ったまま、夕映えに輝くたくさんの金貨を眺めていました。

手に取る事は出来なくても、瞳に映す事は出来るし、心に焼き付ける事だって出来るのだから、やはりこの金貨には価値があるのでしょう。

やがて…

夕陽が沈むと共に、金貨も消えてしまったので、僕とお巡りさんは、二人、陽の落ちた空の下、家路へとついたのでした…。