話題:妄想話
職業柄、どうしても“緊張した場面”に出くわすと目が離せなくなってしまう。
おまけに、先ほど話した信頼する部下が、何を考えたのか【703号室】にも盗聴器を仕掛けて来たせいで、室内の音声もバッチリ聴く事が出来るのだ。
それにしても‥
私は悩んでいた。
どうして二人は“あの事”に気づかないのだろう?
もちろん、警視庁きっての敏腕警部である私と比べるのは流石に酷まろカレーなのだが‥
いい加減、気付いても良さそうなものだ。
しかし‥
双眼鏡の中の二人は、やはり、微動だにせずに卓上のタコ焼きに視線を落とし続けていた。
‥伝えなければならない。
これは、国際指名手配犯を逮捕するのと同じぐらい重要な責務である。
だが‥
どうやって伝える?
既に手は打った。が、電話も宅配業者なりすましも失敗に終わった。
煮詰まってきた私は、気分を変えようと久し振りに【803号室】に双眼鏡を向けた。
すると!
【803号室】の窓に人の顔が見えるではないか!
私はすかさず、手配書の似顔絵と室内の人物の顔を見比べてみた。
目が二つあって‥
鼻が一つ‥
耳は二つで‥
口は横長の切れ込み状の形をしている‥
窓に見える顔と手配書の顔は、驚くほど酷似していた。
間違いない!!
ヤツこそが、国際指名手配犯【ヘリスタリポ・ペポポペペポポペール】なのだ!
↑(音読推奨)
タコ焼きが気になるところではあるが‥まずはヤツの逮捕だ。
私がトランシーバーに手を伸ばしかけた、その時‥
突如として、ある閃きが私の頭に「こんにちは♪」とやって来た。
私はトランシーバーで、待機中のSWATチームに告げた。
『SWAT!アルファ、ブラボー、突入スタンバイ!チャーリーは引き続き出入り口を固めて待機!』
「アルファ了解!」
「ブラボー了解!」
続いて‥
「あのぅ‥チャールズですけど‥なんか、聴きとりづらかったんで‥悪いけど、もう一度言ってくれます?」
『おっ、その声はラビットだな?』
「はい!ラビットであります」
『ちょうど良かった。いや、実はだな…お前には別の任務を与えたいのだが…』
「はい!何なりと仰有ってください!」
『では、頼む。お前はすぐさま屋上のアルファ部隊に合流して…』
私は、最も信頼する部下であるラビットに、こっそり“或る単独作戦”を命じた。
「了解しました!‥で、我々“チャールズ”部隊はどのように?」
『引き続き、マンションの出入り口を固めて待機せよ!』
「了解!出入り口を温めて待機します!」
『“温めて”ではなく“固めて”な』
「了解!かたあたためて待機します!」
『‥ま、いいか。あ、それと‥“チャールズ”ではなく“チャーリー”だから。いい加減覚えるように』
「了解!チャーリーズエンジェル、引き続き出入り口でかたたきしつつ待機します!警部!」
『肩叩きはしないで宜しい!…てか、警部っていうな…てか…お――い!勝手に通信を切るな――!』
…と云ったところで、既に通信は切られているので無駄なのだが。
兎に角、後はラビットに任せるしかない。
私は天を仰いで大きく一つ息を吐いた…。
2分後、ラビットから通信が入る。
「ラビットです、アルファルファチームと合流しました」
よし、これで準備は整った。
二つの作戦を同時に決行するのだ。流石に、かつてない程のプレッシャーが私を襲っていた。
全ては“突入のタイミング”に掛かっている。
だが‥
双眼鏡の中、国際指名手配犯【ヘリスタリポ・ペポポペペポポペール】はヘッドフォンで音楽を聴きながら、手のひらに載せたリンゴをぽ〜んぽ〜んと跳ね上げながら遊んでいる。
まだだ。
ヤツが窓から目を離した時が突入のチャンスだろう。
(早く窓から離れろ)
すると、私の念が通じたのか…ヤツはクルリと窓に背中を向けると、そのまま、部屋の奥へと歩き始めた‥。
よし!今だ!
『アルファは窓から突入!、ブラボーは玄関から突入!』
「アルファチーム、窓より突入します!」
「ブラボーチーム、玄関より突入します!」
「ラビット、窓からの方がカッコいいので、窓より突入します!」
『待て、ラビ…』
━━マンション【703号室】━━
二人は相変わらず、タコ焼きを挟んで対峙し続けていた。
それは正に“竜虎相討つ”と形容するに相応しい光景であった。
静寂と緊張の空間は、まるで、この部屋だけ時間が止まってしまったかのようである。
ところが!
男の額から流れ落ちた脂汗がテーブルの上にポタリと落ちた瞬間、部屋の時間は突如として再び流れ始めたのである。
ガシャ――――ン!!!