話題:妄想話
或るマンションの7階のリビングルーム。
そこに、テーブルを挟んで一組の男女が向かい合う形で座っていた。
二人の間にあるテーブルの上には小さな皿があって、その皿の上にはタコ焼きが一個だけポツンと置かれている。
そして男女は共に無言で、恐らくは“最後に残った一つであろうタコ焼き”を真剣な眼差しでジッと見つめていた。
独特の緊張感に染まる部屋の中、男の視線が一瞬女に移るも、すぐさまタコ焼きに戻ると、女の視線も男に移ったが、すぐにまた元のタコ焼きに戻った。
(最後のタコ焼きをどちらが食べるのか?)
それは男と女の、静かなる心の戦いであった。
部屋の電話が鳴る。
しかし、二人とも受話器を取ろうとはしない。
それも当然である。
この状況で隙を見せる事は間違いなく“敗北”を意味するからだ。
そう云えば‥
剣道の試合で達人同士が向かい合った時、互いに“最初の一太刀”が出せない事があるという。
それは即ち、ギリギリの間合いで対峙している事の証しなのだが、この男女の場合も同様に、タコ焼きを境にギリギリの間合いで向かい合っていたのである。
そして、筋肉細胞にはスピードを司る【赤色細胞】とスタミナを司る【白色細胞】があるのだが、今この時に限っては、【赤色細胞】の数と活性度が勝負の明暗を分けると云っても過言ではなかった。
もちろん、脳からの送られてくる電気信号の伝達速度も重要である事は云うまでもない。
とてもではないが、今の二人には“受話器を取る”などという大それたアクションを起こせるだけの余裕など、脳にも筋肉にも存在しないのであった。
全ての神経は“来るべき瞬間”に向けて息を殺しながらスタンバイしているのだ。
その張り詰めた空気は、短距離走のスタートでの“ピストルが鳴る直前の瞬間”にも酷似していようにも思えた。
けたたましく鳴り響いていた電話のベルの音が止まる。
皆さんは、こう思うかも知れない。
「ねぇ、最後の一個食べていい?」
そんなふうに、相手に対して普通に聞けば良いではないか、と。
正直、私もそう思っていた。
しかし、世の中には様々なタイプの人間がいるし、その関係も様々なのだ。
私は、職業柄、その事をよく知っている。
恐らく二人は、そんなヤワな関係では無いのだろう。
すると今度は、二人の部屋の玄関のチャイムが鳴った。
だが‥