話題:童話

お昼休みの公園で和美は一人、芝生の上に腰を下ろしながら、途切れ途切れに流れる雲を眺めていました。

(やっぱりダメなのかな‥私)

早いもので、和美が故郷の小さな田舎町を離れてから、既に6年もの月日が経っていました。

「デザイナーになるんだ」

彼女が子供の頃からずっと胸に抱き続けてきた夢は、流れる月日に少しづつ削り取られて、今はもう小さな欠片ぐらいの大きさしかありません。

旅立ちの列車の中で、宝石のように輝いていた憧れも、いつしか、道端に転がる石ころみたいな冴えない色に変わっていました。

都会は容赦なく、その厳しさを和美に見せつけたのです。

今はただ、生活の為にデザインとは関係ない会社で働く毎日の連続。

そんな和美に、今朝方、賑やかにデコレイトされた一通のメールが届きました。


「先輩!私、来月デザイナーとしてデビューする事になりました( ~っ~)/‥もし良かったら先輩も、記念パーティーに来てくださいネ♪」


それは、デザインの専門学校で一緒だった二歳年下の元気の良い後輩からの物でした。

和美は、そのメールに「おめでとう♪行けたら行くね」と短く返しました。

でも、“行けたら行く”と云う言葉の大方が“たぶん行かない”と云う意味であるように、和美もパーティーに出るつもりはありません。

ただ、皆さんに勘違いして欲しくないのは、決して和美は、その後輩の幸運を妬んでいたのでは無いと云う事です。

どう説明すれば良いのでしょう‥

和美は、田舎育ちのせいか、とてもおっとりとした性格の持ち主で、何をやるにも「他の人よりワンテンポもツーテンポも遅れてしまう」ような娘でしたから、

元気な後輩の持つ“活発さ”や“がむしゃらさ”、“積極的に自分をアピール出来る強さ”が、ちょっと羨ましくて、逆に自分の自信の無さが恥ずかしかったのです。


暖かな日差しに少し目を伏せながら、気の抜けた思いで昼休みの公園を見渡せば、そこには都会で暮らす様々な人々の姿が和美の瞳に映ります。

のんびりと陽向ぼっこを楽しむお年寄りや、かなりくたびれた様子のサラリーマン。

公園の真ん中の広く空いたところでは、先ほどから、小さな男の子が風船片手に元気に鳩を追いかけながら走り回って居ました。

その少し後ろには、男の子の母親らしい女性が、微笑みながら立って居ます。

和美は、男の子の無邪気に遊ぶ姿を、少し目を細めがちに眺めながら考えていました。


(帰ろう。もう夢など追わずに、故郷でただ静かに暮らそう)


和美は、静かに目を閉じて、故郷の山を丘を野原を小川を想いました。

その時、「アッ!」と小さな声が上がったので、目を開けると‥

男の子の手から離れた水色の風船が、ユラユラと揺れながら空に吸い込まれて行く姿が見えました。

大方、飛び立った鳩の群れに驚いた男の子が、うっかりと風船の紐を握る手を緩めてしまったのでしょう。

(ああ…)

そんな言葉にならない気持ちは、男の子のものでもあり、彼の母親のものでもあり‥また、和美のものでもありました。

少しずつ小さくなってゆく風船を、それぞれの想いで見つめる三人。

するとその時…

どこからともなく吹いてきた緩かな風が、ふわりと優しく和美の体を包み込んだのです。

微かな歌声が何処からともなく風に乗り、和美の耳に運ばれて来ます…


夢と希望を胸に抱いて〜♪
それは、和美が通っていた小学校の校歌に間違いありません。

和美は耳を疑いました…。

 
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