スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

「夕陽色」―現代恋愛

『夕陽色』

ほのか(店員)
安芸(店長)





***

ほのか
「あ」

手の中にはブレスレット。
キラキラ光る、金色の粒と、オーロラに光る水晶がセンス良く並べられ、
大人になっても持っている女の子の夢みたいなものを集めたようなそれ。
それが、
金具の留め具が外れ、
ここで下手に手を動かせば最後、その夢の塊は手の平からさらさらと零れてしまいそうになっている。
じっとりと手の平に汗が出てくるような感じがして、早くブレスレットを汗から避難させなくてはと思うものの、動けばこの小さな粒一つ一つが手の平からどこかに逃げ出してしまうんじゃないかとも思えて身動きがとれない。

ほのか
「て、店長……」
安芸
「ん?って、おい……」

ふわ、と、手を包み込むようにされる。
大事なものを包み込むように私の手に添えられた大きな手。
突然の思いがけない感触に、
心臓が跳ねた。

ほのか
「わっ、あ、」
安芸
「ちょ、おい!」

心臓どころか体ごと跳ねていた私の動を押しとどめるように、手首ごとぎゅっと握られる。
よほど慌てていたのか、肩ごと後ろから抱きかかえられているかのような形になっていた。

ほのか
「す、すみません……」
安芸
「……はー、セーフ。何やってんの」
ほのか
「金具が取れそうになってるなと思って……」
安芸
「あー、うん、さっきのお客さんのね。うん」

私の手の平からブレスレットの芯になっているコードを抜き取ることもなくそっとつまみ、
カウンターにあるアクセサリー台に乗せる。
台の上でコードを抜き取ると、傍らのペン立てにある先の細いペンチを手に取り、あっと言う間に元の夢の塊の姿に戻してしまった。

ほのか
「……はー」
安芸
「何その顔」
ほのか
「いつ見ても器用だなぁと」
安芸
「普通でしょ」
ほのか
「普通かなぁ……こんなの作れちゃう人が」

カウンター周りに並べられた細かい細工の銀古美の腕時計や繊細な色遣いの天然石のブレスレット。
ディスプレイに使われている造花の花束も、木枠の扉に掛けられたアンティーク調の“OPEN”の木札も店長の手作りで、置き方ひとつ取っても何時間与えられても真似できそうになかった。

ほのか
(そんなことを言うと、君は不器用だから、って言うんだろうけど)

そういう問題ではないと思う。
店長は器用だし、何よりもセンスがある。

ほのか
(いっつもTシャツにジーパンって姿なのになぁ)

なのに何故か様になってしまうのはもう生まれながらにセンスと言う神に愛されてるんだとしか思えない。
棚に立てかけてあるほうきに手を伸ばす。

安芸
「あ、丁寧にね」
ほのか
「はい!隅までやっちゃいますね」
安芸
「いや、物壊さないでね」
ほのか
「……あの、今のやつは私が壊したわけじゃ」
安芸
「うん」
ほのか
(????)

うん、で黙られちゃ意図が読めないんですが。
表情を読み取ろうとしてじっと顔を見る。

安芸
「君、不器用だからって言ったら傷つくかなと思ってうまい言葉探してた」
ほのか
「いやいやいや!それ言っちゃってますって!それに、そのくらいじゃ傷つきませんよ〜」
安芸
「そっか。なら良かった」
ほのか
(うわぁ……)

ふわっと微笑むから、
それにつられて胸がきゅっと音を立てるみたいになる。
店に合うように選んできたのかと思うレトロな昔ながらのほうきをぎゅっと握ると、ほこりをかきだすべくせっせと板の目に沿わせて手を動かした。

ほのか
「そ、それにしてもさっきのお客さん、ちょっと待ってくれたらすぐにブレスレットの修理終わったのによっぽど急いでたんですね。あれもお子さんがひっぱっちゃったって言ってましたし――」

そこで、急に、近寄って来ていた男性の長い手が伸びてきて、手首が拾い上げられる。
指をわっかにした大きな手が手首を掴み、ぬくもりが伝わってくる間際の時間で離された。
急なことで思わず顔を上げると、店長は私の手から離れた自分の手の指でわっかをつくってそれを見ていた。

ほのか
「な、なんですか!?」
ほのか
(心臓に、悪いんですけど!!)

恥ずかしい気持ちで抗議するように言うけれど、店長は他に興味があることがあるように、顎に手をやって私の横――ちょうどほうきのあたりに視線をやっていた。

安芸
「ほうき、大きいなぁと思って」
ほのか
「え?ちょうどですよ??店長が使うには小さいかもしれませんけど」
安芸
「うん、腰痛めそうになる」
ほのか
「なんでこのサイズにしたんですか」
安芸
「なんとなく」
ほのか
「なんとなくって……」
ほのか
(もう、らしいなぁ)

どこまで考えてるんだろう。
お店をやってるくらいなんだからしっかりはしてるはずなのに、
どうも読めないのに、こののんびりした空気のせいか、
店に差し込む夕焼けの色が温かいせいなのか、
まあいいか、なんて思ってしまう。

いつものように急に制作意欲が湧いてしまったらしい店長は傍らのペンチを手に取りカウンターの向こうで手を動かし始める。
そのどこか楽しそうな様子に、どうしても胸が弾んでしまうのだった。


END

歓娯の夢/和風


がやがやと流れていく人々の声。

子供らのかけていく足元には薄く土埃が舞う。


加江が店の軒をくぐったところで馴染みのある声がした。


「お加江ちゃん、今日は今から店に出るのかい?」


振り向くと、満開の笑顔の青年がいた。

たくしあげた着物の袖から見える肌は女の自分が羨むような白さだ。


「ええ。シゲさんは?」


「次の公演に備えて腹ごしらえしてきたところだ!あ〜、もうちょっと休憩時間が長ければお加江ちゃんとこで食ったのになぁ〜」


大袈裟にしょんぼりする姿が微笑ましくて、

つい、ふふふ、と声が出てしまう。


「残念。シゲさんってば誰よりも美味しそうに平らげてくれるんだもの。またどうぞいらしてちょうだい」


頭の中でいなり寿司に大きな口で噛みついては幸せそうな顔をするシゲさんの顔が思い浮かぶ。

本当に幸せそうに食べてくれるのだ。

記憶の中の笑顔につられて頬が緩んでしまう。


「ほぁ〜……」


気の抜けた声が聞こえて意識を目の前に戻すと、

シゲさんが口が開いたままこっちを見ている。


「シゲさん、シゲさん。すごい顔になってますよ」


「へ?あ、ああ」


「シゲさんも想像してました?もしかして、食べたいな〜って」

「へ!!!?いや、まあ、うん!食べたいかっっちゃもちろんそりゃそうなんだけど」


明らかに挙動がおかしくなったシゲさんがこちらを見たり目をそらしたりする。


「いや、だから!」


シゲさんは大きく胸に息を吸い込みーー吐いた。


「食べたいくらいにかわいいと、思っているよ」


何故か良い声で、言った。


「ふふふ。さすが芸人さん、良い声ですねぇ。もちろんいつでも」


「!!」


「――お待ちしています。うちのかわいいかわいいいなり寿司が」


うちの店のいなり寿司は小ぶりで、その丸く可愛らしい見た目と甘さから女性や子供にも人気だ。

そんなに人気商品を気に入ってもらえて嬉しくないはずがない。

にこにこ、とシゲさんを見ると、

何故か思いっきり項垂れていた。


「シゲさん?」


「ううん?あー、いや〜。うん、お加江ちゃんはそういうところがいいんだったな!うん!そうでなくっちゃあお加江ちゃんじゃない!うん、うん、そうだ!!」


最後、声がひっくり返っていたような。


「お、っと……そろそろ行かねぇと」


「あ、引き留めてしまってごめんなさい」


「いや。ちょっとでも会えて良かったよ!お加江ちゃんの笑顔見るとやる気がみなぎるねぇ〜!」


「ふふふ。がんばってください!」


笑顔で送り出すと跳び跳ねるようにしてシゲさんは去っていく。

大きな劇場の向こう、柳の木の先の区画にシゲさんの仕事場がある。


「よくもまあ、よその縄張りにまで来られるもんだ」


凛とした声が降ってきて見上げると、そこにはどこかの細工師が仕上げたかのような美しい顔があった。

額の生え際まで作り物のように隙がない。

その人の登場とともに道にいた若い娘からにわかに悲鳴のような声が上がる。


「藍乃丞さん」

「ん。せっかく店のなかで待ってたのになかなか加江さんが入ってこないから見に来ちゃったよ」


藍乃丞さんは世の女性を魅了する優しげな瞳で話しかけてくると、すっと目を細めてシゲさんが向かった方向を見た。


「に、しても、加江さんは少々優しさが過ぎるな」

「え?」

「君も、ここでずっと暮らしてるならあっちの界隈のことは知ってるだろう?

ちゃんとした親なら我が子には関わってほしくないと思うところだ。

しかも加江さんは――」


藍乃丞さんが屈んで耳元に唇を寄せる。


「加江さんは、うちの贔屓茶屋の娘さんじゃないか」


「でも……」


「ああ、いいんだ。贔屓の茶屋はいくつもあるし加江さんのところのいなり寿司は誰にでも食べる権利があるべきだ。加江さんの分け隔てなさは美徳だ。間違いない」


泣きそうな顔になっていたのに気づいてか、藍乃丞さんは優しく優しく、諭すように言う。


「また異人の血の混じったごろつきと話してたみたいだけど……あちらもうちも、人様を非日常に連れ出す仕事をしている点では同じだ。けれど、こちらは上流社会の女性たちも夢中になる上質の芝居。あちらは……卑しい人間たちの鬱とした気分を晴らすためだけに存在する美意識を排除した穢らわしい掃き溜め――失礼。簡単に言うなら下劣な人間たちのたちの巣窟だ」


正直何を言っているのかがよく理解できない。

きれいな顔で、優しい声で言うものだから、美辞麗句であると勘違いしそうになる。


「藍乃丞さんはお優しいのに時々いじわるですね」


「いじわる?可愛らしいことをおっしゃるな」


きゅっと唇を噛み締めていると、藍乃丞さんは喋り続けていた口を一旦閉じた。そして、


「加江さんは、柳の向こうの通りには行ったことがあるのかな」


「通ったことはそりゃ……ありますけど」


あるにはある。生まれ育った場所なのだから当然だ。

ただ、あちらの界隈は数年前までは子供が寄り付くような場所ではなかった。

何か、不吉なものの跡地ということは聞いたことがある。それ以上は知らなくて良いと聞いていた。


「なるほど。あちらが賑わいだしたのもここ最近からです。じきに人の好奇心も離れるだろう」


「その言い方はちょっと」


「加江さんはまだまだ若い。自ずとわかってくると信じているよ。そのまま、ご両親に守られたお嬢さんでいてくれ。じゃあ」


そういうと藍乃丞さんはこの通りに中央の大きな劇場に向かっていく。

道行くご婦人方が小さく甲高い声を上げ、嬉しそうな顔で藍乃丞さんを眺める。

劇場前で掃除をしていた人は手を止め、藍乃丞さんに頭を垂れた。


「素敵……!お殿様のようねぇ」


手を取り合ってはしゃぐ若い女性の声に、

貫禄のある後ろ姿を見て納得するのだった。

 

「酔ってない。」A/2

@/2からの続き
※成人向け表現注意※



******


ジリリリリリリリリ

けたたましい電子音に眉をひそめ、起きる、手を伸ばして目覚まし時計を止めようとして、失敗して目覚まし時計がベッドサイドを転げ落ちた。

愛沙「んもおぉおお」

とてつもなくだるい体を動かして、ベッドの下に足を延ばして時計を拾い上げる。
そこで、廊下の方からがちゃ、と音がした。

翔琉「ああ、起きてたんですね。目覚まし止めなきゃって思って来たんですけど」

しわの寄ったシャツにスラックス姿の後輩がそこにいた。

愛沙(翔琉が、なんで???)

起き抜けのぼーっとした頭でふと足元を見やる。

愛沙(あれ)

翔琉「愛沙さん、服着ないと風邪ひいちゃいますよ?」

愛沙(!!!裸!!!?)

それを認識した途端に昨夜の行動が走馬灯のように思い起こされる。
想いが募っていた後輩にアタックしようと酔ったふりをして部屋に連れ込んで、そのまま……。

愛沙(あああああああああ!!)

急激に顔に熱が集まる。

翔琉「愛沙さん?……もしかして、朝から誘ってます?俺は大歓迎ですけど」

後輩の冗談とも本気ともつかない言葉もすぐには理解できないほど、
頭がくらくらする。
布団を手繰り寄せ、うなだれた。

翔琉「我慢します。愛沙さんが嫌なことはしたくないですし」

愛沙「ええと……うん」

なんと言っていいかわからない。

翔琉「ところであの……」

愛沙「な、なに?」

翔琉「すみませんでした!!!」

愛沙「え、ええ??」

土下座の勢いで頭を下げた後輩に目をぱちくりさせてしまう。

翔琉「あの……昨日のこと」

愛沙(あー……そういうことか)

勢いでしちゃっただけで私とそういう関係になるつもりはなかったとかそんなオチというわけだ。
悲しさよりも、無感情と言うか――凪いだ感覚が押し寄せてくる。

愛沙「私こそごめんね、無理や――」

翔琉「いいえ!こういうのは男の方がきっちりするものなんで!!
その……申し訳ありません!!!」

愛沙「そんなに謝ってもらわなくても……」

愛沙(余計傷つくな)

謝られるごとにズキズギと胸を杭で打たれるみたいだ。
痛みを堪えるのになれてしまった大人な自分が表情を取り繕うとするが――

翔琉「好きです!付き合ってください!!!」

愛沙「はい……?」

翔琉「いえ、だからその……男として情けない話なんですが、つい舞い上がってしまって……告白をしたつもりになって先にその……一線を越えてしまったのではないかと思いまして……!」

愛沙「え?」

翔琉「べ、別に責任をとるとかじゃないですよ!?ずっと隙あらば気持ちを伝えようと思ってたんですが……昨日の飲みの途中は先輩思い詰めたみたいな顔しててそんな話してる場合じゃないなって思って、あの、送り届けるってなったときも不埒な真似は断じてしないと思ってたんです!断じて!!意思が弱くて情けない結果になってしまいましたが……」

愛沙(なんだ)

謝って来た理由がわかって、口の端に笑みが零れてくる。
けれど、はた、と気づく。

愛沙(あれ…?)

慣れない誘惑に戸惑い、熱に浮かされながらも、目的は達成できた―――と、思っていた。
想いを伝える、という最大の目的を。
翔琉は『男から先に』と言ってなかったか。それじゃあまるで……
思い至った結論に血の気が引いてくる。

愛沙「あ、あの……!も、もしかして私も、その、想いを伝えて、ない……?」

翔琉「えっ?あ…………………はい」

愛沙(最悪だ)

気持ちも伝えずに酔ったふりして後輩を連れ込み毒牙にかけた、ただの、悪い先輩じゃないか。

愛沙「ご、ごめん。昨日こそはって気を張ってて……!酔った勢いでとも思ったけど全然酔えないし、途中から酔っぱらって告白もどうかなって思ってるうちに頭の中ぐちゃぐちゃになっちゃって。で、でももうこうなったら押し倒すしかないって思って!?」

翔琉「落ち着いてください」

ポンポン、と柔らかく肩を叩かれる。

翔琉「順番が反対で申し訳ありませんが……」

翔琉は一つ、大きく息を吸う。
そして――

翔琉「好きです。付き合ってください」

愛沙「あ、はい……こちらこそ、よろしくお願いします」

深々。
奇妙に慇懃な空気にどちらともなくぷっと吹き出してしまう。

愛沙(大の大人が、何やってるんだろう)

そう思うものの、全身に広がる温かい感覚と一緒に口元から笑みが零れる。
良かった。
安心と照れでどうしようもない心地になっていると、翔琉が思い出したかのように口を開いた。

翔琉「あ、あの、さっきコンビニで朝食買って来たんで食べましょ」

愛沙「あ、ありがとう」

そして穏やかな空気に流されるまま布団から半分出て、気づく。
――服を、着ていないままだったことに。

愛沙「あ……」

咄嗟に布団で隠す。
気まずいながら翔琉をちらっと見る。
いつも通りの爽やかな翔琉の顔がそこに――あったはずだけれど、
動きを止めた翔琉は真剣な表情で喉を鳴らした。

翔琉「あの、愛沙さん……やっぱりご飯の前に昨夜の続き、しますか」

愛沙「え!?ええ??」

翔琉「愛沙さんがそんな格好で思わせぶりなことするからですよ……っ!」

ベッドに倒され、唇を塞がれる。

愛沙「んんっ〜」

くちゅ、くちゅ、と唇をつまむと顔があっと言う間に上気してくる。

翔琉「愛沙さん……いやらしい」

愛沙「誰がっ……」

熱くなる頬の上、見下ろす後輩の顔はいつもとさほど変わらない。
その涼しい瞳がふっと細められられると、途端に色香を帯びる。

翔琉「あと、明るいところで見るともっと綺麗ですね。愛沙さんのカラダって」

愛沙「!!!」

愛沙(もしかして翔琉って……)

世話焼きで誠実な後輩……と思っていたこの人は、案外とても堪え性がない人なのかもしれない。
意外性に戸惑いながらも、

愛沙(まあ、いっか……)

布団ははぎ取られ、翔琉の手は愛沙を柔らかく撫でていくのであった――


=END=

「酔ってない。」@/2

※成人向け表現注意※
R18








 

愛沙(どうしよう……)

身体全体がドラムになったかのように鼓動が鳴り響いている。
体重の多くをかけてもびくともしない後輩の肩に男を感じてしまって、
決死の覚悟で挑んだ作戦をふいにして逃げたくなる。

後輩の手にはいちごのキーホルダーのついた鍵。

翔琉「もうすぐですからね〜!倒れちゃだめですよ〜」

いつもどおり世話焼きな彼を騙すのは気が引けるけれど、

愛沙(ドキドキしすぎてそれどころじゃない、かも)

鍵が開く音がすると、見慣れた金属製の白い扉が開いた。

*******

翔琉「愛沙さん、愛沙さん!お家つきましたよ〜」

部屋の中に入ると翔琉は電気のスイッチを手探りで探す。
愛沙の重みのかかっていない方の手でスイッチを押そうとすると、
ふいに肩の重みが増した。

翔琉「うわぁ、ああっ――」

よろめいてしまって廊下に倒れる。
幸い、愛沙の肩を守るような形に倒れることができた。

翔琉「愛沙さん、大丈夫ですか?」

翔琉のシャツにしがみついて、胸に倒れこむような姿になったまま、
動かない。

翔琉「愛沙さん?どこか打ちましたか?」

労わるように翔琉が愛沙の腕に触れようとする、
すると、
愛沙の腕がさらにしがみついて、抱き着くような形になった。

翔琉「愛沙さん?ええと……玄関で寝たら風邪ひいちゃいますよ?もうちょっとがんばりましょう?」

愛沙「わ、私は、これでも、がんばってるんだから……」

翔琉「はいはい。さっきも居酒屋で聞きましたし、愛沙さんががんばってるのは後輩である僕にもわかりますから」

ポンポン、と愛沙の肩をたたく。
宥めるように、子供にするように優しく。
そのしぐさがもどかしくて、愛沙は上体を起こすと、倒れたままの翔琉の顔の横に両腕をついた。

愛沙「そういう意味じゃなくて……こういう意味で、がんばってるつもりなんだけど!」

翔琉「こういう……って」

愛沙「だからその……迫ってんのよ!にっっぶいなぁ!!!」

愛沙(言っちゃった)

緊張しすぎて声が裏返ってしまった。その決まらなさが恥ずかしい。
なのに、肝心の相手は

翔琉「……」

深刻な顔でこちらを見ている。
確実に甘い雰囲気ではない。

愛沙(もしかして慣れてなさすぎて変なことしちゃった!?他の人はこんなことしない?)

大きな間違いでも起こしたんじゃないか。
そう思うと背筋が冷たくなってくる。

翔琉「あの……愛沙さん」

愛沙「な、何?」

翔琉「これは、ダメな酔い方です。」

ぴしゃ、と言うと、私の腕をつかんで立たせようとする。
とても冷静に。

愛沙(でも、ここで負けるわけには、いかない……)

何に、というと何にかもよくわからなくなってきた。
何故ならそれどころじゃなく胸がどきどきとうるさいから。
アルコールなんてほとんど飲めなかった。
普段からそんなに弱いほうじゃないから酔って介抱なんてこともされたことがない。
なのにどうして後輩に送ってもらうようなことになってるのか、と言うと――

愛沙(私が仕向けたから、なんだよね……)

今更引き返すことはできないと思うとお腹の奥がきゅっとしまる。
急に思考がクリアになって来たみたいだ。

翔琉「ほーら、行きますよ〜……わぁ!」

起き上がりかけた翔琉にぎゅっとしがみつく。

翔琉「もう、ふらふらしすぎです。お水でも飲みま――」

愛沙「酔ってないよ」

翔琉「え?」

愛沙「今、全然酔ってない」

翔琉「……ええ、と。酔ってる人は酔ってないって言うものですよ。
  はいはい、ほら、お水飲んで今日は早く寝たほうが良いです」

愛沙「いつも一緒に飲んでるから知ってるでしょ?私、お酒弱くないよ」

翔琉「疲れてると回るってこともありますよ」

どれだけ誠実で、頑ななんだろうか。

愛沙(そんなに、嫌なの?)

いつもより少し硬い声と表情がじれったくて、くやしくて、
しがみつく腕の力をふっと緩めて、背を伸ばした。

翔琉「んっ……!」

唇を押し付けるだけのキス。

一方的に押し付けて離れると、息を吐いて翔琉の表情を恐る恐る見ようとするが、
次の瞬間、近づいて来たものによって視界と――唇が塞がれた。

愛沙「ふっ……ん……」

翔琉「ん……」

つかの間のキスの後、唇が離れる。
顔が離れて見えたのは感情の見えない目。

翔琉「誘ってるって受け取らせてもらって、いいんですね?」

愛沙「……」

そう言われると言葉が出ない。

翔琉「いいですか?」
愛沙「う……うん」

翔琉「ふぅ――――酔ってて覚えてませんとかはナシですよ」

言い捨てると再び唇にキスを落とす。
今度は吸い付くように、甘く噛んで。

愛沙「ん……んぁっ」

息をつくと甘い息が漏れる。
気づくとスカートの裾のほうでストッキング越しに触れる大きな手があった。

腿から膝、ふくらはぎと伝い、そのままくるぶしに到達したかと思うと左右のパンプスが脱がされる。

翔琉「愛沙さん、ここじゃ痛いですから」

優しくささやく声が聞こえたかと思うと、
自然と手が膝の後ろに回り、体が浮き上がる。


廊下の先、暗い寝室に運び込まれるとベッドに横たえられる。

愛沙「うんっ……」

今度は首筋に吸い付くようなキスがあって、ゾクリとした感覚が襲う。

翔琉「先に、脱がせちゃいますね」

愛沙「え?」

ぐっと腰を掴まれたかと思うと下半身が浮く。
スカートに手を入れられたかと思うとするするとストッキングを脱がされた。

愛沙「あ、ありがと……う?」

翔琉「びりびりーっていうのもそれはそれで良いんですけどね」

なんだか気恥ずかしくて視線をそらす。
けれど、唇へのキスでそれは叶わなかった。

愛沙「ん……もぅっ」

離れたかと思うとまた塞がれ、名残惜しそうに頬に滑りながら離れる。
腹に温かい感触があると思うと、ブラウスのボタンを片手で器用に外されていく。

翔琉「シャツ……皺になっちゃ困りますよね」

愛沙「えっ」

翔琉「先に外しちゃいますね」

何を……と聞くよりも先に手際よく脱がされていくと、当たり前のように同じ理由でスカートもはぎ取られてしまった。
下着だけになったところで翔琉を見上げるとしわくちゃのシャツ。
いつも昼間に見ている性格を映したようなパリっとアイロンがけされたシャツとはまるで違う。
そのシャツを雑に脱ぎ去ると愛沙に覆いかぶさる。
大きな手のひらは愛沙の肌をかすめていく。

翔琉「愛沙さん……」

愛沙「あ……」

胸を柔らかく持ち上げたり先をもてあそぶようなしぐさをされながらもキスの雨はやまない。

愛沙「ふぁ……んっ」

身をよじっている間にふいに下着が緩み、膨らみが露わになる。

その先端のところに唇の柔らかい感触が訪れる。

愛沙「ひゃっ……」

片胸を手のひらでもてあそびつつ、
乳房の先や鎖骨、二の腕と、キスはどこにでも降る。

愛沙「んんんぅ、もう……」

じれったい感触に腿の裏が落ち着かない。
その様子に気づいた翔琉が動いた。

翔琉「愛沙さん……」

愛沙「あっ」

ひょい、と片足を持ち上げられてしまう。
秘めたところを隠す布の面積が心もとなく、上がってしまっている体温の中、顔がさらに熱くなるのを感じた。
あろうことか翔琉の手は一番敏感な場所を覆う布の縁をすべり、布の下へと潜り込む。

翔琉「愛沙さん、濡れてる」

にや、と笑う顔を見て、そっぽを向いた。

翔琉「恥ずかしがらないで……でも恥ずかしがってる愛沙さんかわいすぎる」

愛沙(どうしてそういうことを言葉にするの!)

恨めしい気持ちがわくものの、すぐにその気持ちもどこかへ追いやられる。

愛沙「んぅっ!やっ……!」

ぬるりとした感触のあと中に侵入してくるものがあった。
指が、中心を捕えようとやわらかく中を探っている。

愛沙「んっ、あっ、あっ、だめ……っ」

翔琉「ここじゃない?」

愛沙「ちが……わなくないけどっ!ああんっ!」

甘い声に恥ずかしがる余裕もないほど、快感が押し寄せる。
ゆらり、ゆらり、緩慢な感覚とともに。

愛沙「ふぁっ、ああん!ああんっ」

翔琉「愛沙さんっ!」

どうしようもない中心の感覚とともに、キスが口内を探る感触で淫靡な心地が体中を支配する。

翔琉「あいっ……さ、さんっ……!」

愛沙「あぁっ、ああっ、ああんっ……!」

ふいに訪れた奥の痙攣で、脱力する。

翔琉「愛沙さん、大丈夫?」

愛沙「う、うん……ごめん、慣れてなくて……私ばっかり……」

翔琉「それは全然。むしろ可愛い愛沙さんが見られて嬉しい」

にこ、と笑うのにどきりと胸が弾む。

愛沙(何か、できたらいいんだけど……)

自分から、と思うと羞恥で全身が熱くなる。

愛沙(今更、だけど、今までこういう関係じゃなかったんだし……)

どうするべきか、となんとなく翔琉を見る。

翔琉「もう……そんな潤んだ目で見ないで」

愛沙「え?」

腰に添えた手にぐっと力を入れられたかと思うと向かい合うような形に体勢が変わる。

愛沙「……っ!」

内腿に触れる感触にハッと息を飲んだ。
硬くなった男の物が触れていて、その感触を認識した途端に感情とともに蜜が湧き出るようにあふれ出ていることに気づく。

翔琉「いい……?」

愛沙「っ……」

気遣うような視線に伏目がちにうなずくと、男の先が入り口に触れる。

愛沙「んっ……はぁ……っ」

その些細な接触の感触だけで思わず腰が浮くのを背に回された腕で留められる。

じれったくて、苦しくて、心地よくて、飲み込もうとする体が蜜をどんどんとあふれさせ、腰がしなる。

翔琉の広い背中に手を回すと、お互いの距離が縮んだ。

翔琉「くっ……」

愛沙「んんっ!ああん!!」

滑らかに滑り込んだものを咥え込んだ中心が奥を探すように蠢く。
腰がゆらゆらと揺れて、

愛沙「あああんっ!」

恥ずかしげもない声が響く。

翔琉「くっ……愛沙……さん……っ」

うっとりとした声が先ほどまでよりもより甘美に鼓膜に響く。
しばらく中を満たす感覚があった後、引き抜かれる気配を感じてせつなく思っていると、

愛沙「あああああっ……!」

空虚さが襲う間際で一気に差し込まれ快感の波が押し寄せた。

翔琉「愛沙さん……っ!愛沙……!」

愛沙「ああっ、ああっ、あああっ!!!」


幾度かの波の後大波が押し寄せ、その波に飲み込まれていった―――。

 




→A/2へ続く

脱出―GAME― シナリオ形式

脱出ーGAME―

=人物=       
ミナ(3)猫
斎藤(45)便利屋
涼太(21)便利屋の新人


〇排水溝の中

   静かな暗がりの道をミナが歩いている。

ミナN「私の名前はミナ。孤独を愛するおひとり様女子ってやつだ。
    間違えちゃいけないのは、付き合ってくれる人がいないからしかたなく一人でいるってわけじゃなくて、
    一人が好きだから一人でいるってこと」

   壁を隔てた向こう側から、

斎藤(声)「なぁなぁ……涼、今回の問題、どうやったら効率よくうまくいくかわかるか」
涼太(声)「えー。作戦は斎藤さんが考えてくれるんじゃないんすか?俺わかんないっすよ」

ミナM「他の参加者かな。おじさんたちが騒いでる。
    私は騒いだりなんてしない。いつも冷静沈着。そんな私にはこういう頭を使うゲーム
    ――いわゆる迷路とか脱出ゲームなんていう遊びがぴったりだ」

斎藤(声)「あぁ、もう無理だ!!俺の専門分野じゃねぇ!!」
涼太(声)「斎藤さん、離脱はできないですからね!やるしかないんですから」
斎藤(声)「わかってるけどよ〜」

ミナM「もう、うるさいわね……」
ミナN「私はくるっと方向を変えると、出口に続いているであろう道に体を滑り込ませた」

〇排水溝内入り口

   工具で道を塞ぐ鉄格子を外そうとしている斎藤。ガチャガチャと音が鳴り響く。

斎藤「だからな。ここをこうしてこうすると、ふたが開くだろ?」
涼太「いや、でもそうすると斎藤さんしか入れないじゃないっすか」

〇排水溝の中

ミナN「遠くでさっきのおじさんたちが頭を悩ませてるのが聞こえる。
    あんな簡単な仕掛けすら破れないなんて……知らない人に言うのも何だけどちょっと頭が良くない。
    ちなみに私はあーんな仕掛けすぐに解いちゃった!」

   ミナ、進行方向を向き歩く。

ミナN「私は脱出ゲームが大好きで、暇さえあれば新しい問題にチャレンジしてる。
    こういうゲームって数をこなしてると同じような仕掛けに出会うこともあって――」

   ミナ、ピタッと歩みを止める。

ミナM「て、行き止まりだわ。あっちに行きたいのに鉄格子が嵌められてて通り抜けられそうにない。
    けど……こういう時こそ腕の見せ所なのよね」

   ミナ、周辺を観察しながら、

ミナM「怪しそうな足元の石を蹴っ飛ばして、と……何もない。ってことは。
    ぐるりと見渡して頭の上を見る。怪しい……周りの天井と色が違う、茶色い鉄板だ。
    もしかすると目の前の行き止まりはフェイクで天井のほうに何か仕掛けがあるんだろうか。そっと押してみる。動かない」

ミナM「(困った様子で)どうしよう。今まで解けなかった問題はないのにヒントがなさすぎる。
    どうすればこのゲームから脱出できるのか……。
    そういえば、さっきはおじさんたちがうるさくて離れてしまったけど、
    さっきの部屋の方にこの出口を抜けるヒントがあったんじゃない?……うん、戻ってみよう」

   ミナ、排水溝の入り口方向へ駆け出す。

〇排水溝内入り口

   狭い道を屈みながら必死に進む斎藤と涼太。

斎藤「くそーーっせまいな!!」
涼太「斎藤さん、太ったからじゃないですか?」
斎藤「うるせえ!!まさかこんな狭いところに入る羽目になるとは思わなかったんだよ!」

ミナM「げ、さっきの二人だ……うるさい男性ってあんまり関わりたくないのよね。でも回れ右してもまだ通り抜ける方法わかってないし……」

涼太「あ」
ミナ「え」
斎藤「あ?なんだ?」

ミナM「ばっちり、若いほうの男の人と目があってしまった。嫌な顔で見てたのがバレて絡まれたりしたらどうしよう……」

涼太「(とびっきり優しい声で、)怖がらなくて大丈夫だよ。僕たち悪いものじゃないから」
斎藤「どした?って、(ミナを見つけて)ああああああああ!!!!」
ミナ「ひゃっ!?」

ミナN「大声に驚いていると、おじさんが屈んだままのしのし迫ってくる」
ミナM「やだ、なんなの!?」
ミナN「ぐっと肩を掴まれた、と思ったら、おじさんは天井をふさいでいる鉄板に体当たりして―――」
斎藤「おりゃあ!!」
ミナ「ぎゃあ!」

   斎藤、ミナを抱えたまま、天井にタックル。頭上の鉄板が外れる。

〇住宅街の道路

   息も絶え絶えな涼太と斎藤。
   斎藤の腕にはミナ(猫)が抱きかかえられている。

涼太「ちょ、力技で地上に帰るとか……」
斎藤「軽い板だからな!あーーー狭っくるしかったが見つかってよかった!!」
ミナ「(不満そうに)うー」
斎藤「もう、どっかいったりするなよ?ってアイテテテテ!!」 

ミナ、斎藤の腕の中で暴れる。

ミナ「うなぁーーー!」
涼太「あー、もう、斎藤さん乱暴につかんじゃダメですって!しかもそのまま天井に体当たりって、この子怖がってるじゃないですか!(ミナを優しく抱きかかえて)ほらほら、大丈夫だからね。このこわ〜いおじさんも僕も街の便利屋で、君のご主人様から君を探すようにって頼まれてきたから」
ミナ「なー」
斎藤「ほらほら……飼い主さんも困ってるし、帰ろうな?ミナちゃん?もう脱走しちゃだめだぞ?」
ミナ「にゃぁ……」
涼太「んんんーーっ、かわいいねぇ〜!ミナちゃん、お外大好きなんだね!」
ミナ「にゃあ!」
涼太「でも危ないとこに入っちゃだめだよ。ミナちゃんがどこかにいっちゃうたびに君の飼い主さん、心配してるからね」
ミナ「なー…」
斎藤「うん、じゃあ、帰ろうな。これ、飼い主さんが持たせてくれた大好きなかつおのおやつだぞ〜」
ミナ「にゃー!!にゃ!にゃ!!」

ミナN「こうして、今回の脱出ゲームは終了。体力自慢のおじさんに天井を突き破ってもらって脱出成功なんて
……ちょっと怖かったけどなかなかスリリングな展開だったわ。予想もしないことが起きるからやめられない。
さて、今日のゲームもクリアできたってことにしておこう。それにしても……かつおはおいしいにゃ」


=END=

 

<<prev next>>