CANDY*
Lost job. 8月1日 15:55

4月。公立の中学校の音楽教師として採用された。大阪だから余裕の採用だった。憧れの音楽の先生。キラキラしてやろうと思った。
赴任先の中学校は沼地に建てられたら学校で暗くて、上靴とかなくて土足で校内に入るような衛生的にも良くない所。
一番最初の授業は3年生。しかも今分かるけどやっかいなクラスだった。何しても無言。自己紹介もできなかった。ただただ焦った。焦ってパニクって、準備していたリズム遊びのプリントは授業後に破られて廊下に捨ててあった。
受け持ったクラブは音楽部で軽音バンドなんだけど、音楽ってものをしてなくて、楽譜にかかれている音符をただ自分の楽器で鳴らすって感じだった。すごく虚しかった。変えてやろうと思ったけど、これがまた戦いだった。
授業も行き当たりばったりで不安定で良いときと悪いときの差も激しいし、申し訳ない授業ばかりしていたけど、授業なんかよりも生徒との信頼関係を築きたかった。そしたら授業もついてきてくれるって信じてた。
でも、ここの生徒は勉強大好き人間ばっかりで機械みたいな子供だらけで、遊びよりも勉強命!みたいな中学生らしくない子どもがほとんど。

とにかく授業だけは一生懸命してた。そして音楽部の生徒に音楽をどう教えようか。ずっと考えた。生徒の悩み相談も真剣に考えた。
いつの間にかストレスが溜まってたんだわ。
気づかないうちにケアレスミスが度重なって、
プリント配布ミスに気がついた。
音楽の期末テストが延びたけど、無事に終わって採点してたら採点ミスもたくさんあった。手伝っていただいた先生たちの採点ミスも全部責任は黙って私が被った。社会ってそんなもんだろう。
とにかく仕事が増えて増えて学校に泊まって一睡もせずに事務仕事。慣れない徹夜に霊がウヨウヨいる学校で、風呂も入らず、汗臭くなりながら我ながらよくやったと思う。校長はただただ根性だけ褒めてくれた。もっと頑張ってやろうと思った。社会ってこんなもんだろ。
同情なんてされたくないからニコニコしながら大丈夫ですって言いながら、一睡もしていない状態で授業をして生徒の悩み相談にのってうまく行かない音楽部と戦って、一日一日どう過ごしてるのか訳が分からなかった。とにかく職員に心配かけたくない思いでいっぱいで、生徒にも心配かけたくなかった。

でも、絶対にしてはいけない成績を付け間違えというミスをおかしてしまった。教頭と家庭訪問で謝罪をしにいった。どの保護者も管理職を責めた。保護者は何故かみんなミスをかばってくれた。どこの保護者も「あんたは二学期がんばってくれたらいいから」生徒との信頼関係にこだわって良かったと思ったよ。
食卓でどう話に出てるのか分からないけど、とにかく小さい努力も少し報われた気がしたよ。
本当に成績には煩い保護者が多い地域だって教師は怯えてるけど、普通だったよ。
こんな中で責任を感じないわけない。退職したいって言ってしまった。校長もお前を守ってやれんって言った。生徒に挨拶もさせてもらえず、その理由も校長室に「辞めさせんといて」って来たら困るから。1日で荷物まとめて出ていけって。教頭も車出すからって。気持ち悪いから自分でがんばった。
生徒には本当に申し訳ない。「先生、夏休みも学校おってな」「先生、二学期もおるでな?」ニコニコしながら裏切ってしまった。
終業式、音楽部がやっと楽しそうに演奏してた。「ここはこうしたい」「ここはせつなく!」私が目指した音楽部に近づいたのに。生徒も、暗い雰囲気から明るくなってきたのにたった新卒が成績付け間違えただけで後のフォローもなく切られた。鬱病の子が腹割って話をしてくれたんや。
こんな薬飲んでるけど、つらいけどこんな夢があるって、目キラキラして語ってくれたで。
成績の付け方教えてや。

成績付けるためだけに先生になったんとちゃうよ?
4ヶ月でどれだけの生徒と親しくなれたか。こんな冷たい子どもらと。子どもを子どもらしくさせたやん。

音楽を通して人は変わる。寂しい思いをしてる生徒を助けたかった。つらい思いをしている生徒を助けたかった。助けられるはずやった。管理職は身をかばいたかっただけや。去年も音楽の成績付け間違いがあって、その時に「こういうことは一切無いようにします」って断言したんやと。教師歴30年のババアと比べんといてほしいけど、それは保護者も言ってたのに、保護者のみなさんが「新卒育てたろうで」って言ってくれてたのに、校長の保身で終わった。夢も希望も終わった。ただ生徒と生徒の家族に申し訳ない気持ちでいっぱいや。



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