[生前]

岸辺菊二郎、生前は裕福な商家の跡取であった。

お仙という女房と、可愛い一人息子の一助と共に

人並み以上の幸せを謳歌していたが、お仙には間

男がいた。

間男はお仙との将来を約束し、菊二郎と一助を、

トリカブトを用いて殺そうと持ちかける。

我が子まで殺すのはと躊躇うお仙に、二人で最初

からやり直すのならば息子がいては話にならぬと

詰め寄るも、その心の内や、裕福な商家を乗っ取

らんが為お仙に近付いたのに、息子がいては跡取

になれぬからである。

お仙は夫と息子の夕餉にあらん限りのトリカブト

の根を混ぜ毒殺し、商家敷地内の使われていない

井戸に捨てた。

晴れてその一年後、間男と再婚するものの、元来

商家の跡取の座を狙っていただけの者なので、お

仙は早々に事故に見せかけて殺される。

明治に至り、新たな文明の流入で世の中が賑わっ

ている頃のことだった。

 

殺された菊二郎と一助、霊魂となるも菊二郎は

「一助、おっとうはやらなければいけないことが

あるから、ここに残る。おっとうはこれから地獄

の道を行かねばならない。お前が共にいるわけに

いかないから、先に仏さんのところへお逝き。い

い子にしていればきっとまた会えるさ」

そう言い聞かせて父子の今生の別れを為す。

地縛霊と成り果てた菊二郎は井戸の内より出られ

ずにいたが、白骨化した己と一助の亡骸と、一年

の時を経て交わり、狂骨と化す。

井戸から出ることが出来た菊二郎は、既に商家の

主となっていた間男を祟り殺すも、お仙はとうに

三途の河を渡るところであった。

故に菊二郎は、恨み甚だしき狂骨としてこの世に

在る。

「あたしだけならいざ知らず、息子まで手にかけ

るその所業、仏さんが許そうが閻魔さんが許そう

があたしが許さぬ。死んだとて許さぬ。生まれ変

わっても許さぬ」


-エムブロ-