Jul31
::書きたいものが書けた
それは憤っている。酷く、烈しく憤っている。
眉を顰め、目をかっと見開き、口を大きく開けて。
しかし、何に。
蠱惑的な声で悪意を吹き込む外道か。
信心を忘れて戒を破る民か。
弱きを救けると誓った筈が、貧しさや餓えに苦しむ人々の多さに、涙することも出来ない己の不甲斐なさか。
不甲斐なさ。
立てた誓いを守れぬ脆さ。
手数が足りぬ、これは言い訳なのだ。何か、彼等のために何か一つでも、出来ることはないのか。
そう言って、泣かぬように食い縛った顔が修羅のそれなのだ。仁王像の赤ら顔。
そんな風に嘯いたのは誰だったか。
他人を救けるなんて、自分すら儘ならぬのにおこがましいと思う。思うが、誰かを救けようとすることが、引いては己の為になるのではないのか。
人は、己の為に人を救け、己の為のみに生きている。救けようとしないのは、狭量な人間や思慮の浅い独善者などではない。
己を大事に出来ない者。
思い至って、瞬きをした。
美術館のガラスケースに飾られた、国宝級の仁王像の赤ら顔が、哭いている気がした。
『鬼哭』
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