2014/7/10 Thu 16:21
真夜中の自傷

話題:創作小説


※痛い内容なので注意。(リスカ出血等)




あれは稀に愛用している汚れたノートパソコンの上に置かれている。
札束の入った茶封筒があまりにも無造作にそして無防備に渡される、そのことは己に対しての愛情など一片もないことを意味しているに違いない。
金と共にいつも入っているのが両親と思しき人の手紙だ。
それは大概便箋一杯に文字が埋められ3枚にも及ぶのだが、一度も読んだことはなくこの時も現金を抜き取られた封筒と共に棄てた。

淳一がシャワーを浴びて濡れた髪のまま
寝袋に身を投げて微睡んでいると訪問者の足音が響いた。
軽い足取りの靴音はここの暗闇を歩き慣れた女のものだとわかる。
それでも油断できない人間だから、思わず隠していたバタフライナイフを開いて構えた。
それを音で察したのかプレハブの引き戸の前で女は言った。

「いつもの往診よ」

「……どうだか」

「なら、脱いであげるけど?」

そう言われては疑い続ける理由が無いので淳一はナイフを仕舞った。
引き戸が開けられ、霧山ミツキが何も言わずに入ってくる。

「どうせ増やしたんでしょ。全部見せて」

「傷なんかない」

ミツキは淳一の左腕を荒く掴むと袖をまくった。

「脳内麻薬ってそんなにいいものかしら?」

抵抗しようと思って仕舞ったナイフを反射的に振りかざしたが、諦めた。
自分が殺されそうになったのも関わらず何事もなかったかのように腕に刻まれた傷を治療する。

「人間ってすごいわよね。モルヒネの鎮静作用6.5倍のエンドルフィンを作っちゃうんだから。おまけにシアワセも感じる。薬物のない麻薬中毒なんて笑っちゃうわ」

「……俺を馬鹿にしてるのか」

「別に、私はただ事実を言ってるだけ」

丁寧に傷を塞ぎ包帯を巻く。
すぐに外されるとわかっていてもそうした。
それにしても、とミツキが続ける。

「これだけの治療だけなのに大金を渡されるなんてあなた何者なの?」

「知ってるんだろ」

「私はあの小児科に言われて来てる。何も聞かされてない」

終わり、と余った包帯を切ってミツキは治療器具を片付け早々と部屋を出ようとしたところを淳一が札束を投げつけた。

「もう来るな」

「あなたが絶対に死なないなら」

「死ぬものか」

「自傷を甘く見ないことね。あなたは既に依存と耐性の域に入ってる。重度へ達するのも時間の問題よ。さっきも言ったけど、私は命じられてきてる。あなたが何者か知らないし興味もないけど、あなたを殺すこともあなたが殺されることも禁じられてるの。自殺だろうと許されてない。それだけ覚えておくことね」

そう言い残してミツキは部屋から出ていった。
残された札束がむなしく転がっている。
淳一は舌打ちをして、寝袋に身を預けて煙草に火をつけた。
微睡みも苛々に阻害されるばかりだ。
ナイフを弄びながら、思い出す今まで。

真実を知ったのは3年前。
それから暇があれば自傷を繰り返す。
生きていることを実感したいだとか、死にたいからとかではない。
ただ考えてしまう空白の時間を埋めるための暇潰しだ。
それを今度は阻止されようとしている。

手が滑り、取り損ねたナイフが淳一の頬を掠めた。
出血と共に鈍い感覚が襲う。
それが痛いとは思わない。

「俺は初めから生きてなんかいない」

煙草を消すと壁を殴ってそう言った。








続きを読む

コメント(0)




back next

[このブログを購読する]



このページのURL

[Topに戻る]

-エムブロ-