心の底から望んだ人は、もう、いなくなってしまった。
今も元気でいますか、と問い掛けるメールは、届かなくなってしまった。アドレスは変わってしまったようで。
声を聞きたくなって、電話帳を探しても、あの人の電話番号はわからなくなってしまった。現在使われておりません、と言うだけで。
手紙を出そうにも住所も変わったようで、手紙は戻ってきてしまう。尋ねる事も出来なくなってしまった。
今何をしていますか、何を考え、何を感じ、その笑顔を誰に向けているのでしょうか。
あいたくて、あいたくて、心が身体が、あの人を望んで仕方ないのに、あの人は、誰かと何処かへ行ってしまった。
あたしは、あの人しか愛せないのに、 あの人は、いない。だから、あたしは、誰かでそれを埋める事にした。
***
「こっち、見ろよ」
「あぁ、っ、嫌」
スイは、よがりながら、首を横に振った。俺は舌打ちをしながら、律動を激しくする。
「まだ、あの男が良いのかよ」
「っ、んぁっ」
スイは答えられない程に感じてしまっているようだった。
「あいつは、お前を置いて行ったんだよ。そんな男、良い加減、忘れろ」
身体に教え込むような、激しい律動は、スイを狂わせた。
「ああ、ダメ」
「イけよ」
俺は、冷ややかに言った。スイは涙を流しながら、絶頂を迎えた。それに誘われ、俺も欲を吐き出す。
「なぁ」
暴力的な情事の後、スイを抱きながら言った。
「聞きたくない」
「まだ、何も言ってない」
「どうせ、何時も同じ事しか言わないじゃない」
「…まあな」
俺は自嘲の笑みを零した。スイは、一転して優しげな雰囲気を纏うと、俺に擦り寄ってきた。
「あたしはあの人以外、要らないの。だから、ベニとは付き合わないよ。それは、これから先も、ずっと、変わらない」
「でも、あいつは」
俺がその先を言おうとすると、スイは口を口で塞いだ。そのまま、濃厚なキスに変わる。長いキスが終わって、スイは、淋しそうに言った。
「わかってるよ。もう、何処にも居ないことも、愛されてないことも。でも、あたしは、あの人じゃなきゃ、ダメなの」
スイが泣き出すような気がして、俺は、スイを抱き締めた。
「泣かないよ」
「泣けよ」
「涙は涸れたの」
スイの目は何処か遠くを見ていた。
「スイ、俺を見ろよ」
「見てるじゃない」
「見てねぇよ。ヤってる時、何で目をつぶる?俺とヤってるって思いたくないからだろう?それくらい、わかってんだよ」
俺は、スイをきつく抱き締めたまま、訴えた。
「…なんだ。知ってたんだ」
スイは、面白くなさそうに笑った。
「ベニ。もう、やめよっか」
「んな、急に?」
スイは俺の腕から抜け出すと、誘うような笑みを向けた。
「身体さえ埋めてくれれば、誰でも良いのよ、あたしは。ベニが望むものは、あげられないから、この関係は、もうお終いでしょ?」
最後にもう一回、ヤろうか。スイは、笑った。俺は、スイを手放したくなくて、スイを押し倒しながら、言った。
「別に、お前の心なんか欲しくねぇよ。抱かせろ」
辛く歪む顔を隠すために、俺は、ニヤリと笑って見せた。スイは、哀しさを隠すために、女の顔をしてみせた。
非生産的なけれど、優しく激しい情事が始まる。
話題:SS
13/08/17