今日も今日とて、店主は、宵闇に紛れて、抹茶を啜っているようで。
《願いの、意味》
「あのう…」
がらがらと戸が開いて、恐ろしく陰気臭い声がした。声の主の客人は、長く伸びた髪を、乱雑に束ねていて、それが、さらに、陰気臭さを助長していた。
「いらっしゃい」
店主は、欠伸を隠そうともせず、欠伸混じりに、客人を出迎えた。
「此の店なら、願いが叶うというのは、本当でしょうか」
客人は消え入りそうな声で、店主に訊ねる。店主は、芝居がかった仕草で、大きく頷いた。
「貴女が叶えたいと、本気で願えば、叶うわ」
客人は、意を決したように、刹那だけ目を閉じてから、店主を見詰めて言った。
「変わりたいんです」
「そう。なら、これは?」
店主が差し出したのは、酷く凝った紋様の入ったナイフだった。
「これは、どのように使えば?」
「貴女の気の赴くままに」
店主は、先程までの眠気など感じさせないような、妖しげな笑みを浮かべている。
「はい。それで、御代はおいくらでしょう?」
「そうね。願いが叶ったら、そのナイフを此処へ持ってきて頂戴な」
店主は、笑いを崩さない。
「はい。ありがとうございます」
客人は、ナイフを大事そうに抱えたまま、店を出た。
「“還らずのナイフ”そのナイフで命を絶てば決して還らず、そのナイフで髪を絶てば気が廻り、人生が変わる。願いの意味に気付いていれば、願いは叶う。けれど。自らの願いの意味にすら、気付けないのね」
店主は、抹茶を啜りながら、時計を取り出した。少しだけ、考えるような素振りをして、そのまま、店先に腰を下ろした。今日は、もう少しだけ、店を開けているようだ。
end
話題:SS
12/08/22