声の主は、ゆっくりと、私に近付いてきた。
「こないで!!!」
「そんなこと言わないで下さいよ。いつもは“センセー”って、来てくれるの、チカコちゃんの方ですよ?」
「ぇ?」
薄暗い視界に、一生懸命に目を凝らすと、視線の先には、よく見知った人がいた。
「永井、せん、せ?」
「はい、橘さん、なんですか?」
楽しそうに、先生は言う。
「せんせ、なにしてんの? こんなの、犯罪だよ…」
私は、泣きそうになりながら、言う。
「君たちはね、僕の、崇高なるコレクションになれたんですよ」
「コレクション…?」
うっとりとした、その人の顔は、おぞましかった。
「はい。コレクションです。死に逝く間際の生物は、どれもこれも、美しい。特に、夏のセミは良いですね。あと、数日の内で、死ぬというのに、あんなにも、美しい声で鳴くんですから」
恐怖からか、嫌悪からか、涙が止まらなかった。それでも、嗚咽を漏らすのだけは、必死でこらえる。
「おや、声も出ないほどに、感動して頂けましたか? 良いですよね。本当に。死に瀕している、というのは。この子、一年生の、大久保ハルナちゃんです。僕の一人目のコレクション。いい感じに、死にかけてますね。ほら、この透き通った、頬なんか、とても、綺麗ですよ」
酔いきった顔で、彼女の頬を撫でる、その人は、同じ人間だと思うのが、嫌で嫌で仕方なかった。
「…死んじゃったら、どうするのよっ!!!」
思わず、怒鳴っていた。
「死んじゃったらー? そうですね。廃棄ですかね。死体には興味ないんですよ、僕」
言いながら、奴は、私に歩み寄ってきた。その手には、無骨なナイフが握られている。
「あんまり騒ぐと、廃棄しますよ?」
息をのんで、ナイフの切っ先を、見つめたときだった。
ドタバタと、複数の足音。次いで、乱暴に、立て付けの悪い扉をあける音。それから、昨日聞いたばかりなのに、久し振りに、聞いたような気がした声。
「チカコ!!!」
続
話題:SS
12/07/31