突き刺さるはセミの鳴き声6
突き刺さるはセミの鳴き声

声の主は、ゆっくりと、私に近付いてきた。

「こないで!!!」
「そんなこと言わないで下さいよ。いつもは“センセー”って、来てくれるの、チカコちゃんの方ですよ?」
「ぇ?」

薄暗い視界に、一生懸命に目を凝らすと、視線の先には、よく見知った人がいた。

「永井、せん、せ?」
「はい、橘さん、なんですか?」

楽しそうに、先生は言う。

「せんせ、なにしてんの? こんなの、犯罪だよ…」

私は、泣きそうになりながら、言う。

「君たちはね、僕の、崇高なるコレクションになれたんですよ」
「コレクション…?」

うっとりとした、その人の顔は、おぞましかった。

「はい。コレクションです。死に逝く間際の生物は、どれもこれも、美しい。特に、夏のセミは良いですね。あと、数日の内で、死ぬというのに、あんなにも、美しい声で鳴くんですから」

恐怖からか、嫌悪からか、涙が止まらなかった。それでも、嗚咽を漏らすのだけは、必死でこらえる。

「おや、声も出ないほどに、感動して頂けましたか? 良いですよね。本当に。死に瀕している、というのは。この子、一年生の、大久保ハルナちゃんです。僕の一人目のコレクション。いい感じに、死にかけてますね。ほら、この透き通った、頬なんか、とても、綺麗ですよ」

酔いきった顔で、彼女の頬を撫でる、その人は、同じ人間だと思うのが、嫌で嫌で仕方なかった。

「…死んじゃったら、どうするのよっ!!!」

思わず、怒鳴っていた。

「死んじゃったらー? そうですね。廃棄ですかね。死体には興味ないんですよ、僕」

言いながら、奴は、私に歩み寄ってきた。その手には、無骨なナイフが握られている。

「あんまり騒ぐと、廃棄しますよ?」

息をのんで、ナイフの切っ先を、見つめたときだった。

ドタバタと、複数の足音。次いで、乱暴に、立て付けの悪い扉をあける音。それから、昨日聞いたばかりなのに、久し振りに、聞いたような気がした声。

「チカコ!!!」



続 話題:SS



12/07/31  
読了  


-エムブロ-