光と闇のレーナ
ショートストーリー

この世界には、光と闇、814対の魔法がある。それらの魔法は、起こる事象を、正確に想像することにより、具現化する。正確に想像することが、具現化の第一条件であるため、魔法を使うには、各呪文の詠唱が絶対的に必要となるのだ。ついでに説明すると、具現化させるには、それ相応の魔力を必要とする。魔力とは、言い替えれば、気力、みたいなところもあるから、まあ、気張れや、とゆー話である、と。

《光と闇のレーナ》

あたくし、玲奈‐れいな‐は、異世界にいる。あたしの居た世界には、魔法なんてないし、魔獣なんてものもいない。ただ、うたたねをして、目が覚めたら、こっちに、居たのだ。

***

「この世界には、光と闇、814対の魔法がある。お前は、その全てを自由自在に使いこなす能力を持つ者だ。お前は命を狙われるだろう。生き延びよ。さすれば、元の世界に戻れる」

夢、か…。妙にリアルな夢。目の前の騎士は、黒と白の靄に包まれている。騎士が言い切ると、背後から、狼男が現れて、騎士を突き飛ばした。騎士は、ガラガラと音をたてて崩れる。
狼男が、ヒトの言葉を喋った。

「貴様の心臓、渡してもらおうか」
「意味わっかんねー」

夢だと思っていたから、至極、他人事の対応をしたんだ。

「ならば死ねぇ!!!」

流石に、凶暴な爪を向けられれば、逃げる。襲われれば、逃げる。

「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

あたしが強く願った瞬間だった。不自然に、狼男が転んだ。

「貴様! どうやって俺の脚を動かなくしたっ?!」
「知らないっつーのー!!!」

あたしは、言いながら、狼男に背を向けて走り出した。よくわからない、レンガ造りの街並みを、右に左に折れながら。たどり着いたのは、酒場だった。客はいない。昼間だからかな。

「いらっしゃーい」
「っ、助けて…。狼男に追い掛けられてんの」

夢だから、都合の良いように動くもので、酒場のお姉さんは、あたしを匿ってくれた。

本当は、そういう訳じゃなかったんだけど。

カウンターの下で、小さくなって震えていると、狼男が、扉を破壊して入ってきた。

「ガキが来なかったか?!」
「ったく、乱暴な客ね。どんなガキなのよ?」
「純白の髪、漆黒の瞳、象牙の肌をした、メスのガキだ」

確実に、あたしのことだ。あたしはここに居ない。来てない。だから助けて。

「んー、見てないよ」
「そうか、邪魔したな」

狼男はすごすごと店から出ていった。

「ったくもー」

店主は、狼男が出ていった扉に向けて、手をかざすと、直れ、と呟いた。

みるみるうちに、逆再生でもしたかのように、扉は直った。それから、彼女は、カウンター下に顔を突っ込んできた。

「あんた、名前は?」
「玲奈」
「ん? なんて?」
「れ、い、な、よ! れーな!!」
「レーナ、ね」

よく見れば、彼女は、キレイな金髪で、青色の瞳をしている。発音出来なかったのかな。じゃあ、なんで、言葉が解るんだろう、と思いつつ、会話を続けた。どうせ、夢だから。

「あー、うん。お姉さんは?」
「サブリナ」
「サブリナさん。あたし、眠りたいんだけど…」
「裏に、ベッドがあるから、貸したげるわ」
「ありがとー」

眠れば夢も覚めるだろう、と安直な考えで、あたしは、ベッドを借りた。

***

「レーナ! 朝だよ!」
「…んー、今おき…、サブリナ、さん…?」

目覚めたのは、翌朝。あたしを起こしたのは、サブリナさんだった。

「どういうことなのよー!!!」
「あはは! 朝から元気だねぇ」

あたしは、サブリナさんに淹れてもらったコーヒーを飲みながら、昨日の経緯を話した。

「…という訳です」
「なぁるほどねぇー…」

コーヒーを一気に煽り、サブリナさんは、窓の外を眺めながら呟いた。

「傀儡の騎士に導かれ、異世界より来たれり、純白の髪、漆黒の瞳、象牙の肌をした少女は、災いをもたらす。…そういう、言い伝えがあんのよ。一部には、その少女の心臓を喰えば、無尽蔵の魔力が手にはいるとか、世界を支配する力が手にはいるとか、全ての望みを叶えられるとか、言われてるわ」

あたしは、小さく呟く。

「うそ…」

サブリナさんは、窓の外を眺めたまま、首を横に振った。

「本当。まず、レーナが異世界から来た、ってのは、あってるだろうし。確かにこの世界には、814対の、光と闇の魔法がある。レーナが見たって言う騎士は、伝承の中の、傀儡の騎士そのもの。それに、私の見立てじゃ、レーナの魔力は無尽蔵ってくらいに、大きい」

あたしは、力なく、呟いた。もう、これが夢だとは思えなかった。

「あたし、どーすれば、元の世界に帰れんのよ…」
「どーするも、こーするも、傀儡の騎士が、言ってたんでしょ。『生き延びよ』って」
「そうですけど…」

あたしは泣きそうになっていた。サブリナさんが近付いてきて、頭をぽんと、撫でてくれた。

「ったく、しゃーないなぁ。私が手伝ってやるから、めそめそしないの!」
「…っサブリナさん!!!」

あたしは、ガバッとサブリナさんに抱き付いた。

***

サブリナさんに抱き付いて、少し泣いたあと、気になっていたことを、訊ねてみた。

「言葉、通じてますよね…?」
「そうね」
「何でですかね」
「言語変換出来る魔法があるのよ」
「へー」

あたしは便利だなー、と頷く。

「でも私は使ってないから、レーナが使ってるんだと思うわよー」
「え? でも」

あたしが戸惑っていると、サブリナさんは、また、少し真面目な雰囲気になって、話し始めた。

「レーナには、魔法を使ってる感覚はないんでしょ? それって、凄く、ヤバイことなのよね。そもそも、魔法を使うには、いくつか条件があるんだけど、大前提として、呪文の詠唱が必要なの。呪文を詠唱することによって、的確に、現象を具現化するのよ」

わかる? と、サブリナさん。あたしは、頷いて先を促す。

「けれど、レーナには、それが、必要ないみたいね。それから、魔法を発動、継続させるのには、それ相応の魔力が必要になるんだけど、レーナは約半日、言語変換の魔法を発動させっぱなしなの。普通の、レーナくらいの女の子だったら、言語変換の魔法を半日発動させっぱなしだったら、倒れる程でないにしろ、物凄く疲れて可笑しくないのよね」

あたしは、あたしの異常性を突き付けられて、唖然とするしかなかった。

「まあ、しばらくは、ここで匿ってあげるし、この世界のことも、教えてあげる。だから、安心しな」
「…ありがとうございます」
「あはは! いーのよ! なんだか、楽しいことになりそうじゃない」

サブリナさんは、とても楽しそうに、笑っていた。

「あのー、サブリナさん」

あたしは、もうひとつ、気になっていたことを、聞いてみた。

「ここ、酒場ですよね?」
「そうねぇ」

サブリナさんは、あたしが、何を聞こうとしているの、わかっている様子で、不適な笑みをこぼした。

「お客さん、来てない、です、よね…?」

サブリナさんは、ニタッと笑う。

「表向きは酒場さ。夜中には、そこそこ繁盛してるんだけどね」
「表向き?」
「ああ。本業は、情報屋だよ。合法、非合法、問わない。バードハウスの強欲娘、千里眼のサブリナってのは、あたしのことさ」

あたしは、凄い協力者を得たらしい。



to be continue...?
話題:SS


12/07/21

追記  
読了  


-エムブロ-